28 宝石と令嬢2
質の良い宝石は、魔力を溜め込む優秀な魔道具になる。一級品のエメラルドであれば、大量に魔力を注ぎ込んでも簡単には壊れない。
「偽物なら簡単に壊れてしまう……確かに、魔力を込めても耐えられるだけの質のものかで、本物か偽物かの判断はできますわね」
「しかし、ホロウの方が魔力を注いではどんな宝石でも壊れてしまうのでは?」
私が全力で魔力を注げば壊れてしまうかもしれないけど、ある程度調整すれば問題ない。
「商品として並んでいるものの中で、アミリア様もこれは本物だと確信できるものはありますか?」
「今ここに並んでいるエメラルドを使った商品は、どれも一級品で間違いありませんわ」
「どれを選んでも本物だということですね」
そのうちの一つを、許可をもらって手に取る。
本物だと分かっているエメラルドに一定量の魔力を注ぎ込み、壊れないことを確認してもらうためだ。
念のため、グレース様に私がちゃんと魔力を込めていることを確認してもらう。わざと手を抜いていると思われたら意味がないからね。
……大丈夫だと思うけど、もし間違って壊してしまったら、お養父様に土下座して立て替えてもらうしかないな。
エメラルドがあしらわれた銀のブローチを両手で包み込み、守護の魔力を込める。
「すごい魔力……流石はルナ」
王族であるグレース様が証人になってくれれば、店主も納得するだろう。
宝石が耐えられる限界ギリギリまで魔力を注ぎ込んだところで、両手を開いて皆に見せた。
「壊れていませんね」
覗き込み、自分の手にも取り確認した店主は大きく頷いた。アミリア様も手に取り、壊れていないことを確認している。
「このくらいの魔力であれば、本物のエメラルドは耐えられるということです。同じだけの魔力を、今度は先程運び込まれたという宝石に注ぎ込んでみます」
問題の宝石を持ってきてくれるよう頼めば、店主はすぐに宝石の入った袋を運んできてくれた。
中身をすべて机の上に出してみると、なるほど確かにたくさんある。たくさんといっても、山のようにあるわけではないが、十数個はあるだろうか。希少なエメラルドであれば、一度に持ち込まれる量としてはこれでも多すぎるくらいだ。
「……あら、確かに本物もありますわね」
「むむ、本物に紛れて微妙なものもある……のか?」
まじまじとそれを見定めていたアミリア様と店主が、お互いに怪訝そうな顔をしている。
この様子だと、どちらの言い分も本当であったとみていいだろう。だが、念のため確認する。
アミリア様と店主が怪しいと判断したものを選び、先ほどと同じように魔力を込める。
すると、パリンッと高い音を立てて宝石は粉々に砕け散ってしまった。
「すごい音したけど、怪我してない?」
焦った顔でグレース様が心配してくれたけど、こうなることを見越して自分の手に守護の魔法をかけておいたから無傷で済んだ。
怪我がないことを見せて安心してもらった後、改めて粉々に砕けた石を皆に見せる。
「まだ少ししか魔力を注いでいないのですが、呆気なく壊れましたね。店主も魔法は使えますか?」
「え、ええ、少しですが」
「同じように魔力を注いでみていただけますか?」
偽物と思われる宝石を手に取り、店主も私と同じように魔力を込める。店主にも守護の魔法をかけておいたから、怪我の心配はない。
結果は先ほどと変わらなかった。
「割れた……私なんぞの魔力でも」
「本当に鑑定士の腕が確かなら、流石にこの質の宝石を一級品と間違える可能性は低いと思うのですが」
「確かに、その通りです」
少ししか魔力を注いでいないのに、エメラルドだと思われていた緑の石は簡単に割れた。店主にも試してもらったが、やはり割れた。
少なくともエメラルドと呼べる代物でないことは確かだ。
「本当に申し訳ない! 鑑定士を信用するあまり、自分の目で確認することを怠っていました。あなた方がいなければ、偽物の宝石を売りつけるところでした。あの鑑定士が鑑定した宝石の加工は、至急取りやめさせます」
偽物が混ざっていたことに気がついた店主は、青ざめた顔で深々と頭を下げた。
土下座しそうな勢いに、そこまでしなくていいとアミリア様が声をかける。
「分かっていただけたのなら構いませんわ。本物が混ざっていたのも事実ですし。それよりも、先ほど偽物を売りつけてきた男と、鑑定士もどきを早く捕らえるべきではありませんこと?」
袋に入っていた緑色の宝石の中には、確かに本物もあった。試しに魔力を込めてみたが、壊れることはなかった。お互いに正しいことは言っていたんだけど、うまく伝わっていなかっただけなんだよね。
アミリア様と店主の問題は解決したが、宝石を売りにきた男と鑑定士だという男。この二人は仲間なのか、鑑定士はわざと本物だと嘘をついたのか。確かめる必要がある。
「鑑定士の男はどこに?」
「彼ならバックヤードに……」
そう言って店の奥に鑑定士を呼びにいった店主だったが、すぐに焦った様子で戻ってきた。
「あいつがいない! 裏口の鍵が開いていました。そこから逃げたのかも……」
「これはもう間違いなさそうですわね」
険しい顔でアミリア様が唸る。
「鑑定士の特徴は分かりますか? 宝石を売りにきたという男も」
「鑑定士は黒髪に茶色の瞳。背は私より少し高いくらいですか。しかし、これといって目立った特徴がない男でしたから……」
「宝石を売りにきた男の方は、くすんだ灰色の髪に、青色の瞳。額には斜めに走る切り傷がありましたわ」
ううん、これだけ聞いても確実に本人かは確認できないな。個人をどうにか判別できればいいんだけど……。
「あっ」
「どうしたんですの?」
「宝石を売りにきた男の後に、他のお客さんは来ましたか?」
「いいえ。あの男がいなくなった後すぐ言い争いになったので、それはないはずですわ」
それなら、去ってからまだそれほど時間は経っていないはず。この場にいる人間を除いて、一番新しい来客は宝石を売りに来た男だ。鑑定士の方も、さっき逃げたのならまだ間に合う。
手始めに、その場にしゃがんで床に片手をついて意識を集中する。
「何してるの?」
「魔力の残滓を探しているんです」
ーーやった、見つけた。
魔力は、個人によって微妙に差がある。宝石が一粒一粒異なる輝きや色合いを持つように、個人個人で違いがある。
一つとして同じものはなく、確実に個人を特定するための材料になる。
宝石を売りに来た男の魔力を覚え、今度は鑑定士の魔力を辿る。こちらもすぐに見つかった。
「二人の魔力の残滓を見つけました。この魔力を辿って追跡しようと思います」
「本当にあなたは便利な人ですわね……」
「単に鑑定士だけが嘘をついていた可能性もありますが、二人が仲間ならどこかで接触するかもしれません」
「そうですわね、その場で取り押さえれば言い逃れはできませんわ」
今から追いかければ、まだそれほど遠くには行っていないはずだ。




