27 魔獣討伐
城下町近くの比較的人通りの多い道に魔獣が出現したとの報告を受け、宮廷魔導士に救援要請が入る。
先行している魔導士たちの連絡によると、今回はそれほど規模が大きくないとのことで、ディーン様の引率の元、私とグレース様も同行させてもらえることになった。
「規模としては大きくありませんが、魔獣相手では何が起こるか分かりません。くれぐれも気を抜かないように」
ディーン様の説明を聞きながら、私は考え込む。
場所、時期共に私が以前、職業体験で魔獣討伐に同行させてもらった時と同じだった。違う点といえば、ディーン様が担当だったり、グレース様が一緒にいることくらいか。
この違いがどんな変化を生み出すのか、生み出さないのかは分からない。
もし、以前と同じ状況になるのであれば、グレース様には刺激が強すぎるかもしれない。私も初めて見たときは強烈な印象を受けた。
野生の獣への、魔物の寄生。
この事例は、今回の世界ではまだ知られていない。今回も同じことが起こるのであれば、ここで初の事例となるだろう。
闇の魔力によって編み出された、獣のような生き物ともつかない何かを私たちは「魔獣」と呼んでいる。
それと区別するために、「魔物」という言葉を使うようになったのはこの時からだ。
魔物は、うねうねと動く掌に乗るほどの小さな黒い塊で、頭や手足といった構造は持たない。しかし、それは野生生物に寄生することで宿主の意識を乗っ取り、操ることができる。
操られた生物は魔獣と同等の強さを得る。魔物の厄介な点は、操られた生物を倒しても体内から抜け出して、また別な個体へ移ることができることだ。
本体を倒さない限り、運悪くその場に居合わせただけの野生生物たちが被害に遭い続けることになってしまう。
闇の魔力で形作られる「魔獣」と、野生生物に寄生して操る「魔物」。
魔物に寄生されてしまえば、宿主と魔物本体を切り離さない限り、宿主を救う術はない。
そして、宿主の対象となるのは野生生物だけではなく。魔物が現れてから間もなく、人間が寄生された事例も報告されていた。
宮廷魔導士だって初めて遭遇する緊急事態に、グレース様を立ち合わせることになるかもしれない。
どうにか予定を変更できないか考えを巡らせてみるものの、まだ同じことが起こるかもしれないという段階だし、これから起こることを知らない人たちに話しても理解はしてもらえないだろう。
グレース様の身の安全は、宮廷魔導士の方々と私が保証する。だが、魔獣について理解を深めたいという彼女のやる気を削いでしまう結果にならないか心配だ。ただでさえ魔獣を間近では見慣れていないのに、大丈夫だろうか。
「グレース様、怖くはありませんか?」
「怖いけど、ルナたちはずっと魔獣と戦ってきたんだよね。私だけ陰に隠れて、知らずにいるのは嫌だから」
そこまでやる気に満ちた顔をされると、引き止めることもできなくなってしまうね……。トラウマにならないことを祈るしかない。
「危なくなったらすぐに隠れてくださいね」
「うん、そこは指示に従うよ。私じゃ実戦ではまだまだ役に立たないし、また魔術暴走でもしたら大変だからね」
あれから本人もかなり反省したようで、魔法を使うときは慎重すぎるくらいに気を遣っている。
コントロールもだいぶ上達していたはずなので、もうあの時のような事態には発展しないだろう。
それでも、王族として自分の行動がいかに周りに大きな影響を与えるのか自覚したらしい。
説明を受けていると、この討伐を任されている宮廷魔導士たちが集まってきた。ここに私たちが同行させてもらうことになる。
「なんだ、お前も来るのか」
その中にはギャロッド様もいた。
「ギャロッド様、お久しぶりです。今日は見学させていただくことになりました。よろしくお願いします」
「わざわざ見学の必要性があるのか?」
あはは……まぁ、この前まで一緒に戦ってましたからね。
「わ、私が魔獣討伐を見学させて欲しいってお願いしたの! ルナは私と同じ班だから、一緒に来てもらうことになっただけだから」
「分かっています、殿下」
必死になって説明するグレース様に、ギャロッド様は一言そう返した。大丈夫ですよ、別に怒っているわけではないんです。ギャロッド様はいつもこんな感じだ。
昔は本当に怒っていることも多かったけど、今では私の中で、会えばお菓子をくれるいい人ポジションになっている。
「……いつも菓子を持ち歩いているわけではないぞ」
「なんで分かったんですか!?」
まさか心を読む力でもお持ちなんですかね?
しかし、なぜその顔で分からないと思ったと指摘されてしまった。私が顔に出やすいだけだったみたいだね。
「討伐が終わったら、いらなくなった菓子をやってもいい。あれがある」
「シューティングスターのシュークリームですね! 楽しみにしています!」
やっぱりくれるんですね! ちょっと下がりかけていたテンションが戻る。
あれというのは、思い出深いあのシュークリームのことだ。なかなか手に入らないもののはずなんだけど、こうして時々分けてもらっている。
あの時は半分こにしたけど、今ではちゃんと二人分確保されているところを見ると、ギャロッド様も気に入ったのかな?
「なんですか、あなたうちの店に通っていたんですね」
「なに?」
その会話が耳に入ったのか、ディーン様が口を挟む。
「シューティングスターは、うちの親戚が経営する店ですよ」
「最悪だ……」
衝撃的な事実を聞かされたギャロッド様は、眉間に深いシワを刻んでいる。
「店に罪はありませんから、今後もご贔屓にお願いしますよ」
「まさかこんなところまでお前の息がかかっているとはな」
「私は経営には全く関わっていませんよ。何故だか店にも入れてもらえませんし。親戚に見に来られるのは、やはり気まずいものなんでしょうかね」
おそらくですけど、ディーン様の壊滅的なセンスが親戚にも知れ渡っているからではないかと思われます……。
店にも入れてもらえないというのは、よほど口出しされることを恐れているんだろうね。エトワール侯爵家の現当主でもあるディーン様の言葉は、親戚たちも無視できないだろうから。下手なことを言われては困る、とそんな感じだろうか。
少しおしゃべりをしているうちにメンバーが揃い、一部微妙な空気に包まれながらも魔獣討伐へと向かうことになった。




