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神に愛された宮廷魔導士  作者: 桜花シキ
第4章 学園編(三年生)
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26 職業体験(リトランデ視点)

 陛下へのご報告を終えた兄上は、仕事を片付けていた俺のところへも顔を見せにきた。


「この度はおめでとうございます、兄上。こちらから出向けず申し訳ありません」

「構わない。お前が忙しいのは分かっているからな」


 今回、兄上が城へやってきたのは、正式にガザーク伯爵家の当主になることが決まったためだ。

 兄上ならば、ガザーク家を率いてアグロス領をしっかりと治めていってくれることだろう。


 祝いの言葉もそこそこに、兄上は話題を切り替える。

 うん? これは、だいぶお怒りというか、呆れているというか、そんな顔をなさっているな。

 表情の変化に乏しい方ではあるが、長年一緒にいたためか、ある程度判断ができるようになった。


「忙しいのは分かるが、仕事が疎かになっているのではないか?」


 そう忠告され、ここに来るまでにあった出来事を説明される。

 新しくできた隊の現状。話に聞いただけでも頭が痛くなってしまう。そうなるまで気づかず、放置してしまっていた自分が情けない。

 忙しかった、というのは言い訳にしかならないだろう。騎士団総監督でありながら、全体に目が行き届いていなかった。


「完全に私の監督不行き届きです。お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

「謝罪なら職業体験に来ていたあの少女に言っておけ」

「エルには後ほど謝罪します。職業体験の担当も、別の隊に変えておきます」


 時間が巻き戻る前の世界での彼女は、宮廷騎士として働いていた。今回は学生という立場で騎士団にやってきているというのに、ついそのことを忘れそうになってしまう。

 エルを配属したのは、できてまだ間もない隊で、職業体験の受け入れなどしたことのないところだった。完全に俺のミスだ。


 俺を信頼して、宮廷騎士団の総監督に任命してくださった陛下やグラン。それに兄上の推薦もいただいていた。

 今回のことは、彼らの信用を裏切る行為に他ならない。


「本当に申し訳ありませんでした。私に騎士団総監督は早かったのかもしれません」

「お前は私に模擬戦で勝ってみせた。より強者についてくる隊員は多いだろう。事務作業をこなす力もある。指導力に欠けるといった課題はあるだろうが、時間をかければ成長もするだろう。初めからやれる見込みのない人間を、私は推薦しない」


 身内だからといって、兄上は贔屓目では見ない。自信を失いかけていた俺にとって、これ以上ない激励だった。


「騎士団の訓練内容に関しては、私がいた頃よりも厳しくなっている。訓練メニューを戻す代わりに、隊員たちが研修する時間を作ってやればいい」


 いつの間に確認したのだろうと思いながらも、その指摘は尤もだった。俺が総監督になってから、訓練メニューは以前よりも厳しいものに変更している。その分、隊員たちが研修に割くはずだった時間を削ってしまっていたのだ。

 兄上の言う通りにすれば、隊員たちの質も劇的に向上するだろう。

 しかし、そう簡単に首を縦に振ることはできなかった。


「なぜそこまでして訓練を優先する?」


 その質問に、口を噤んでしまう。

 あと数年で魔王が現れ、世界は崩壊するかもしれない。自分にはその時の記憶があって、魔王に対抗するために騎士団の強化を早急に行っている。

 そんな話をして、信じてもらえるだろうか。


「話してみろ。そんなに私は信用ならないか?」

「兄上のことは信頼しています。しかし、とても信じられない話だと思いますので」

「聞いてもいないうちから決めつけるな。もう二十年以上お前の兄をやっているんだ。お前が嘘をつくような人間でないことは分かっている」


 その言葉は嬉しかった。

 でも、魔王が現れて世界が滅ぶなどと言っても、ほとんど予兆のない現段階で信じてもらえるものだろうか。

 事実、弟のアルランデに話した時は怪訝な顔をされてしまった。兄上はどんな反応をするのだろう。

 言うか、言うまいか悩んでみるも、言わなければここを動かないという意思表示か、目の前に椅子を持ってきてどっしりと座って構えている。

 仕方ない、どう思われたとしても話さないという選択肢はなさそうだ。

 諦めて、俺は時間が巻き戻る前の世界のことを詳細に説明した。



 俺の話を黙って最後まで聞いていた兄上は、話が終わるとひとつ頷いてから口を開いた。


「父上を筆頭に、宮廷騎士として働いていたことのあるガザーク家の人間を派遣しよう」

「ええっ!?」

「安心しろ。今聞いた話は他言しない。余計な混乱を招きかねないからな」

「信じてくださるのですか?」

「お前はこういう嘘をつく人間ではないだろう。それに、魔獣の活発化は事実だ。魔王とやらが現れると聞いても、何も驚くことはあるまい。仮に嘘だったとしても、戦力強化自体は悪いことではないだろう」


 俺の話を微塵も疑わず信じてくれたことに、驚きを隠せない。

 さらっと父上たちを派遣すると言ったことにも耳を疑ったが、今ではすでに兄上が実質の当主であるので、それも可能なのだろう。


「お前が心配していることは分かった。まだ本当に起こると決まったわけではないが、事実であれば、騎士団の戦力強化は早急に行わなければならない」


 俺の今の方針に賛同しつつも、改善すべき点はあると指摘を受ける。


「だが、あの隊をこのまま放置することもできないだろう。スケジュールを組み直せば、訓練メニューはそのままに、隊員たちが研修を受ける時間も取れないことはない。ただし、指導できる人間がいればの話だがな」

「それで、父上たちを」


 隊員たちのスケジュールを組み直したところで、指導できる人間は手一杯。指導者側と指導される隊員たちのスケジュールを合わせるのも至難の技で、現状のままでは実現不可能だった。

 だが、ガザーク家の騎士団経験者を指導者として派遣してもらえるのなら、問題は解決するだろう。


「しかし、よいのですか? 兄上にとって今は、当主としての仕事を引き継ぐ大切な時期なのでは」

「既に引き継ぎは終わっている。むしろ、仕事の減った父上が、事あるごとに手合わせに付き合えと煩くてな。私の仕事が進まなくて困っていたところだ」


 流石は兄上、仕事が早い。

 そして、暇になった父上が兄上に絡んでいく姿も容易に想像できた。


「それに、魔王というのは並みの魔獣どころの強さではないのだろう? 今の騎士団が太刀打ちできる相手だとは思えない。これを機に、父上たちに訓練の指導もしていただくといいだろう。ガザーク辺境伯として、この体たらくを見過ごすわけにはいかないのでな」


 ガザーク伯爵家は、武術を極めた一族とも言われている。

 主な役割は外敵が攻めてきた時にエルメラド王国をいち早く守ることだが、国の防衛能力を高めるためにも、必要とあらば騎士団への関与が認められている。

 俺もガザーク家の人間として、そう言われてしまえば反論することもできない。元はといえば、俺の招いたことだ。


 魔王のことを話してみても、兄上には以前の記憶がある様子はない。

 それでも、嘘だと決めつけず、俺の話を受け入れてくれた。兄上が協力者になってくれるなら、これほど心強いこともない。

 すっと肩の荷が下りる思いがした。

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