6 辺境の地ヴェルデ
イーズ様の治めるヴェルデ領は、賑やかさこそないものの、領民たちは働き者で、活き活きとしていた。両親とイーズ様と共に馬車で揺られながら、外の景色を眺める。
もっと魔法都市のような場所かと思っていたが、食糧関係の職に従事している人が多い。
魔導士には食事が欠かせないので、そのあたりも関係しているのかもしれない。今度、食材を取り扱っている店を見て回ろう。今見ただけでも、いい食材が並んでいる。見てるだけでも楽しいな。
「ファブラス伯爵家は魔術研究に没頭していますが、領民が皆そうだというわけではないのです。魔力がほとんどない者もいますね」
窓から食い入るように外を眺めている私の後ろで、両親とイーズ様が話す声が聞こえる。
「私たちでは、ルナシアの才能を伸ばしてやることができませんでした。本当にありがとうございます」
一緒に行けると聞いた両親は、驚いた顔をしつつも即答してついてきてくれた。
父の仕事先である牧場主さんによると、ファブラス家は大量に仕入れてくれるお得意様だったらしい。断るなんて以ての外だぞ、と背中を押されたそうだ。
その話を聞いたイーズ様が、父のことを牧場から仕入れをする職に就かせることを検討しているらしい。
私たち家族は、イーズ様に本当によい待遇をしてもらっている。
両親は、私がホロウを戴いてから、ずっと悩んでいた。度々やってくる貴族たちからも、色々と言われていたからだろう。
前回の私は、そんなことは知らずに両親の元へ残った。だが、きっとそれが両親を苦しめることにもなっていたのだろう。
私がどれだけ幸せだったのか、どれだけ感謝しているのか。結局、きちんとした親孝行もできないまま、世界は崩壊してしまった。
「魔導士の力の源は何だと思いますか?」
イーズ様が、突然私に質問を振る。そんなの決まっているだろう。
「食事!」
自信たっぷりに答えた私に、母は残念そうな視線を向ける。
「確かにルナシアは食欲旺盛だけれど、いくらなんでもそれは……」
「いえ、正解です。魔力は使った分、供給がなければいけません。効率よく魔力を補充するには、食事が一番なのですよ」
その答えを肯定され、両親はえっ、と意外そうな顔をしている。
そうそう、だから私が食欲旺盛なのは仕方がないんだよ。食い意地張ってるわけじゃ……それは否定できないけど。
「この歳にしては、ルナシアさんの魔力量は相当多いです。ホロウを戴くらいですから、元の素養もあるでしょう。しかし、その莫大な魔力を支え得るだけの環境が整っていたということ。ご両親が食材を集め、手間をかけて作ってくれた料理……それが、彼女の力の源です」
そう、その通り。たくさん食べる私のために、お腹を空かせてはいけないからと、一生懸命働いていた両親の姿を覚えている。その愛情を受けて、私は魔導士として成長した。
「魔法に触れる環境はなかったかもしれませんが、ルナシアさんを魔導士の卵として立派にここまで育ててきたのは、あなた方の力なのですよ」
「イーズ様……ありがとうございます」
両親が頭を下げる。私もそれに倣った。本当に、私たちは彼に頭が上がらないな。
イーズ様のお屋敷は、派手な装飾こそないものの、豪邸と呼んで差し支えないつくりだった。
部屋数もたくさんありそうだが、ほとんどが魔術研究者たちの研究室と化しているのだとか。
立派な玄関の扉を開けるとーーそこには屍が廊下に点々と横たわっていた。
両親ともども、目の前の光景を処理しきれず固まってしまう。
ぴくり、と一番近くの屍が動いた。
「ご当主ぅ……」
一番近くの屍ーー顔色の悪い男性がゆらりと顔をもちあげ、恨みのこもった目でイーズ様を睨んだ。
「おや、イディオ。どうしたのですか?」
イディオ、そう呼ばれた男は、すうっと息を吸い込んで叫んだ。
「なんで料理人たち全員辞めさせちゃうんですか!?」
「理由はご説明したはずですが」
「ええ、聞きましたとも。確かに皆さん先代からファブラス家に仕えてくださっていてご高齢になってましたけど! でも、その代わりもいない中、いきなり全員辞めさせちゃうって何なんですかー!?」
「ご本人たちからの希望だったんですが」
「それも知ってますけど、タイミング考えてくださいよって話です! 一度に全員とは考えないじゃないですか。相談しようにもご当主は留守だし……見てください、まともな食事にありつけず犠牲になった同胞たちを!!」
それは何とも悲痛な叫びだった。
「長い間、献身的に働いてくれたのです。余生を穏やかに過ごしていただきたかったのですよ」
「穏やかって……俺は知ってるんですよ、ご当主の前では大人しくしてましたけど、あのジイさんバアさんたちが貴族の元で働いた料理人って立場を利用して、料理本売りさばいて一儲けとかスゲーいい顔で言ってたのを。あの人たち絶対長生きしますって!!」
「お元気そうでなによりではないですか。魔導士にとって料理人は宝です。悪く言うものではありませんよ」
「ご当主ぅ……でも、新しい料理人の件は何とかしてください。死活問題なんですよ……これ以上の屍を積み上げたくなくば、大至急お願いします。俺たちの生活力のなさは折り紙つきなんですから」
嵐のように喋り続けた後、イディオさんはまた動かなくなった。
状況を察するに……空腹による魔力切れだろう。生活力のない魔導士がざらにいることは知っている。
「これ、お腹空いたら食べようと思ってたクッキーなんですけど、よかったらどうぞ」
「何だって……女神か?」
見かねて持ち歩いていたお菓子を差し出せば目の色が変わり、あっという間に平らげてしまった。
少し顔色の戻ったイディオさんは、ようやく余裕が出てきたみたいだ。さっきまでの勢いはない。
「お見苦しいところを、すみません。それで、君は?」
「ルナシアといいます。これからここでお世話になります」
「じゃあ、君が噂のホロウ? ご当主、よくこんな可愛い子捕まえましたねぇ。泣かれませんでした?」
「イーズ様はとってもいい人です」
「それは否定しないんですけど、ちょっと天然なところがあるというか……見た目からは想像できないですよねぇ」
料理人事件のことを根にもっているのか、イーズ様を見る目は変わっていない。
「ルナシアさんも迎え入れたことですし、料理人は確かにいた方がいいですね。何人か腕のよい者を雇いましょう。近日中に何人か候補者を連れてきますので、最終判断はお任せしてもいいですか、ルナシアさん?」
「私が決めていいんですか?」
「ええ、構いませんよ。子どもは正直だと聞きますし、率直な判断をお願いします」
中身は子どもじゃないのが申し訳ない。
これから長い間お世話になる人たちだ。責任重大である。
「小さな女神様、俺たちの生命を託しましたよ。腕のいい料理人をお願いします」
切羽詰まった顔で、イディオさんはがしっと私の肩を掴んだ。その期待の眼差しよ……私も関係あることだから、頑張ろうじゃないか。
今日のところは、両親と私が厨房にあるもので食事を用意することになった。軽い気持ちで引き受けたものの、屋敷の人たちの数が多いので時間がかかってしまった。やはり、料理人は必要だな。