23 和解(ヴァールハイト視点)
「ヴァールハイト殿下、準備が整いました」
そう知らせに来てくれたのは、美しい空色の髪をもつ男性でした。エルメラド王国の宮廷魔導士であり、この話し合いにおけるエルメラド王国側の代表でもある方です。
ディーン殿は僕を話し合いの場に案内しようとしてくれますが、その前にお願いしたいことがありました。
「エルさんに一緒に来ていただくことはできまセンカ? 僕の護衛をお願いしたいのデス」
前線に立っていたところを更に連れ回すのは申し訳ないのですが、この場で僕の秘密を知っているのは彼女とリトランデさん、ルナシアさんだけです。
嘘に気づいたとしても、竜の瞳を理由にはできません。協力者がいれば、もしも危険が迫った際には、上手く皆に伝えてもらえるでしょう。
リトランデさんは騎士たちのリーダーですし、魔導士たちのリーダーであるディーン殿が話し合いに参加される以上、有事に備えて手を空けておくべきでしょう。
ルナシアさんはホロウではありますが、この戦いにおいて高い地位にはありません。ファブラス伯爵家のリーダーは、別の方のようでしたし。
それに、仮にも彼女を護衛という名目で連れて行ったら、反発しそうな人もいますからね。
その点、エルさんは騎士部隊の一つを任されている立場にあり、銀狼の獣人でもある。話し合いに参加する資格はあるように思います。
問題があるとすれば、僕は銀竜の血を引いているので、獣人である彼女とは相性が悪いということでしょうか。
断られたら、仕方ありません。僕だけでも何とかしましょう。
確認をとってもらうと、思いの外あっさりと了承してもらえました。
「引き受けていただき、ありがとうございマス。僕の傍は居心地が悪いでショウ」
「いいえ、話し合いに参加させていただけるのは、私にとっても願ったり叶ったりです。ヴァールハイト様とは顔を合わせる機会もそれなりにありましたし、もう初対面の時ほど拒否反応は出ませんよ」
程なくしてやってきた彼女は、もう慣れたから大丈夫だと笑っていました。その言葉に嘘はありません。エルさんの精神力は大したものです。
しかし、これで不安は一つ解消されました。
「護衛というのは建前で、もし話し合いの最中に違和感を感じとったらそれとなく知らせるので、皆さんに上手く伝えて欲しいのデス」
僕の申し出に、エルさんは静かに頷きます。
もちろん、相手を初めから疑って話し合いを始めるのはよくないと思うのですが、状況が状況だけにそうも言っていられません。楽観視するほど恐ろしいものもありませんから。
「あなたが協力してくれるなら、僕も安心デス」
しかし、エルさんはどこか浮かない顔をしています。
「あの……ヴァールハイト様に隠し事をしても無駄だと思うので、先に言っておきます。紅玉国側には、私の兄がいました。父も、どこかにいるそうです」
「ご家族ガ?」
「はい。幼い頃に、生き別れた家族です。まさか、こんなところで再会することになるとは思ってもいませんでしたが」
言いづらそうにしながらも、エルさんはそう教えてくれました。
生き別れた家族との再会も、記憶を持ったまま時間が巻き戻っていなければ起こり得なかった出来事なのでしょう。こんな状況でなければ、奇跡だと喜べたはず。
同じ獣人を相手に戦うというだけでも、彼女の中で葛藤があったことは想像できます。それに加えて、実の家族があちら側にいるとなれば……。
「それでも、信じて欲しいのです。たとえ家族でも、今の彼らの考えが正しいとは思えません。エルメラド王国を、ルナシアさんを裏切ってまであちら側につくことは絶対にないと誓います」
はっきり言い切った彼女の言葉に、嘘偽りはありませんでした。竜の瞳をもつ僕は、相手が嘘をついていればすぐに分かります。
もし逆の立場だったら、彼女のように迷いなく言い切ることができるでしょうか。
「信じマス。あなたの言葉に、嘘偽りはありまセン」
「ありがとうございます。兄たちのことは、ディーン様にも念のためお伝えしておこうと思います」
「その方がいいでショウネ」
家族がいたことを黙っていて、後からそれが明るみに出たとき、エルさんが内通者でないかと疑われる可能性もあります。予め報告しておいた方がいいでしょう。
「今は敵対していても、いずれ分かり合える日がくるかもしれマセン。その時のために、やれることをやりまショウ」
「ええ、いつかまた家族で一緒に暮らしたい。そのためにも、後悔しないように頑張ります」
家族と敵対したからといってそれを嘆くのではなく、いつかまた一緒に過ごせる未来を信じて進む。彼女は、ちゃんと前を向いているようですね。
さあ、僕も頑張らなくては。




