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神に愛された宮廷魔導士  作者: 桜花シキ
第1章 幼少期編
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5 ファブラス辺境伯

 ホロウの名を戴いてから、私の元へは多くの養子縁組のお誘いが舞い込んできている。前もそうだったので、今回は大して驚くこともなかったが。

 ホロウは世界共通の称号であり、身内にそれを賜った者がいるとなれば、家に箔がつく。だいたいは、それを目論んだ方々からの手紙だった。中には、実際に足を運んでくださった方もいる。


 前回の私は、両親と離れたくないという理由ですべて断ってもらった。

 うちにくれば、十分な魔導士の教育を受けさせてやれる。両親にも資金援助をしよう。

 そんなことを誰もが口にし、魅力的な誘いではあったのだろう。私が了承しさえすれば、両親にもっと楽な暮らしをさせてあげられたのかもしれない。


 結局は私の我儘を聞き入れてくれた両親の元で、学園に通うまでの15年間を過ごした。

 子どものためを思うなら我々に預けるべきだろう、この子の才能を無駄にする気か。そんな言葉を両親に投げかけていた大人がいるのも知っている。

 そんな人たちに両親が悪く言われないよう、私は必死に勉強し、グランディール様たちも通う「エルメラド王立学園」への入学を果たした。


 前回の知識もあるし、以前と同じく両親の元で暮らしても入学自体はできるだろう。

 だが、両親に余計な苦労をかけさせたくないのと、魔王を倒すためには前回よりも自分の力を高めなくてはならないという問題がある。より高度な魔術研究ができる環境が整えられているのなら、心惹かれるものはあった。


「ルナシア、またお前に会いたいという方がいらっしゃった。何度も言うが、無理はしなくていい」


 父はとても優しい表情で私の頭を撫でてくれた。母は複雑な表情で、黙って私を抱きしめる。それに甘えてしまった当時の私。


「大丈夫。お話しするだけだから」


 そっと両親の元を離れ、自室から来客の待つ一階へと向かった。


 普段は食事をするために使っているテーブルに、知らない男性が座っていた。

 まだ三十代になるかならないかくらいだろうか。若い。魔力量の問題もあるので、あまり見た目は当てにならないけれど。

 最初の印象は、黒。髪の色から服装まで、すべてが黒で統一されていた。肌の白さが一層際立つ。肩より伸びた髪は艶やかで、吸い込まれそうな漆黒の瞳は落ち着いて一点を見つめていた。

 今まで会ったどの貴族よりも洗練された出で立ち。まるで作り物のような錯覚さえ覚えた。


「お邪魔しております。私は、ファブラス家の当主、イーズと申します。あなたがルナシアさんですね?」

「は、はい。はじめまして、ルナシア・シャルティルといいます。今日は、来ていただいてありがとうございます、イーズ様」


 私が現れると、イーズ様は立ち上がって挨拶をした。他の貴族たちと比べて、庶民に対しても、子どもに対しても抵抗はないようだった。

 粗相のないようにと両親からも言い聞かされているので、子どもらしい口調は残したまま、なるべく丁寧に挨拶した。


 ただ挨拶されただけなのに、なぜこんなに目が離せなくなるのだろう。その言動のどれをとっても特別目立ったものはない。それなのに、存在感が凄い。それなのにまったく記憶にない人物だ。まぁ、覚えていないだけかもしれないが。実際に、これまでも顔と名前の一致しない人が何人かいたしな。


 ファブラス伯爵家。エルメラド王国辺境の地を任される辺境伯だったはず。

 外からの攻撃に備えるべく、点々と存在する辺境伯のひとつが、このファブラス伯爵家だ。

 辺境伯を任される一族は、武術や魔術に関して幼い頃から厳しい教育を受けて育つ。いざという時に国を守れるよう、妥協は許されない。

 一つのことを極めるので、変わり者だという認識を持たれることも多い。ファブラス伯爵家は、魔術研究に特化していると聞いたことがある。前回の私はあまり関わりがなかったので、噂程度にしか知らないが。


 イーズ様からの説明も、だいたいそんな感じだった。


「辺境伯の中でも、ファブラス伯爵家は少し特殊なのです。現当主である私ですが、ファブラス一族の血は流れておりません」


 聞けば、イーズ様は養子であり、その前の当主に子どもがいなかったため、その座を引き継ぐことになったのだという。ついでに、その前の当主というのも同様だったのだとか。


「ファブラス一族は、魔術に優れた人間の寄せ集め。血統によって保たれている家ではありません。あなたに養子縁組の話を持ちかけたのも、ゆくゆくは当主の座を引き継いでいただきたいという思いがあったからです。あなたなら、次期ファブラス家の当主として、その実力を疑われることはないでしょう」

「イーズ様に子どもは……」

「そもそも結婚すらしておりません。私は魔術研究ができれば、それで構わないのです。それを分かった上で、養父(ちち)も私を当主に据えたのでしょうし」


 イーズ様は結婚する気がなさそうだし、ファブラス家の特殊なあり方のせいもあって、急かす者もいないのだろう。

 ここまでストイックな人の元でなら魔術研究に没頭しても怒られなさそうだし、魅力的ではある。だが、次期当主になるというのはちょっと躊躇してしまう。


「当主になるかどうかは、焦って決める必要もありません。まだ()()のひとりという認識で構いませんよ。あなたの気が進まないなら、別の者に声をかけますし。ただ、それを抜きにしても、魔術研究者としてあなたと仕事をしてみたいと思いまして」


 なんと……これほど魅力的な話があっていいのだろうか。魔術研究をするなら、これ以上に恵まれた環境はないかもしれない。

 すぐにでもイエスと答えたくなる自分もいたが、なかなか返事ができずにいた。


「……と、一気に話してしまいましたが、難しかったですかね?」


 そう、五歳児が今の内容を完璧に理解できるかという話だ。

 いや、でもこの話を逃す手はない。しかし、ここでぱっと返事をしてしまったら、イーズ様はともかく両親が不思議に思うだろうし。子どもが懐くような風貌ではないんだよ、この方。両親ですら、若干固まっていたし。今までことごとく嫌がっていたのに、急にどうしたって驚かれてしまうだろう。


「では、これならどうでしょう。ご両親とこれからも一緒に暮らせるようにーー具体的には、うちで雇います」

「ずっとお父さんとお母さんといていいの?」

「はい、構いませんよ」


 イーズ様! その提案をしてくれた方はあなたが初めてです!

 私の中の天秤は完全に振り切れた。思う存分、魔術研究ができる。両親とも離れなくていい。両親と一緒にいられると聞いて養子縁組を了承したと不自然でない、かつ嘘ではない大義名分もつけられる。


「よろしくお願いします。私、お父さんとお母さんと一緒にイーズ様のところへ行きます」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


 感情の起伏が激しいな、今日の私。ディーン様のこと言えないかもしれない。

 対照的に、イーズ様は終始淡々としたご様子。取っつきにくい方ではあるけど、凄くいい人だ。

 私のイーズ様への好感度は爆上がりしていた。

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