19 婚約者候補3
アミリア様に話を通してもらい、グランディール様と面会する機会を設けてもらった。
学園の一室に、私、アミリア様とそのご友人たち、リーネ嬢、そしてグランディール様が揃っている。
グランディール様と対面するように座るアミリア様と、そのご友人たち。私もその中に混ぜていただいている。
対するリーネ嬢は、当然のようにグランディール様の隣に座り、身を寄せている。うーん、流石にこれは誰でもよく思わないだろう。
さりげなく距離を取りながら、グランディール様がここに呼ばれた理由を尋ねる。
私が口を開く前に、リーネ嬢が甘えるような声を出す。
「私、アミリア様たちに酷いことをされましたの! 助けてください、殿下ぁ」
「具体的に、何をされたんだ?」
「殿下に近づくなって、それはそれは怖い顔で……」
「私は婚約者候補のいる身だ。当然のことだと思うが?」
うんうん、とご令嬢たちが頷く。グランディール様は至って冷静だ。そして、何となく事情も察してくれた様子である。
「でも! 私と殿下の仲を引き裂こうとしているんですよ? いくら婚約者候補だからって、殿下はそれでいいんですか?」
「君は私の婚約者候補ではない。それに、特別君と親しくした覚えはないが?」
「そんな! ほら、思い出してください」
いきなりグランディール様の腕に抱きついたリーネ嬢に、ご令嬢たちが鋭い視線を向ける。それに気づかないのか、無視しているのか、リーネ嬢はなおも上目遣いでグランディール様に縋っている。
ーーやっぱり。グランディール様がいれば、また同じことをしてくれると思っていた。
リーネ嬢は上手くいっていると思っているんだろうけど、グランディール様は全部分かっているだろうな。効いてないから。
リーネ嬢の腕をさっと外し、グランディール様が立ち上がる。
「君の魔法は初めから効いていないからな」
「えっ?」
発された言葉に、リーネ嬢の笑みが消える。アミリア様たちもきょとんとした顔になった。
「魅了魔法を使っていることは、最初から気づいていた」
魅了魔法ーー相手の好意を自分に強制的に向けさせる魔法。その危険性から、使用には制限が設けられている。彼女は、それをグランディール様に使っていた。そして、効いているものと勘違いしていた。
私がそれに気づいたのは、助けてと縋ってきた時。僅かな魔力を感じ、辿ってみたところ、彼女から発される魅了魔法だった。
おそらく、私のことも上手く操れたと思ったに違いない。
グランディール様にも使用したかどうか、確実性を得るためには、実際に目の前で使ってもらうのが一番だ。
そして、やはり。思った通りに、彼女はグランディール様に魅了魔法を使った。これで言い逃れはできない。
「魅了魔法は、自分よりも魔力の強い者には効きにくい。知らなかったのか?」
信じられないとばかりに口をぱくぱくさせている。これは知らなかったんだろうな……魔法の基礎のはずなんだけど。
「この程度の魔法で王族を欺けると思われていたのは心外だな」
「あ、え、そんな、違います! 魔法なんて使っていません!」
「確かに魔法が使用されるのを感じたのだが、私の言葉だけでは信じられないか。ーールナシア、君はどう思う?」
「グランディール様の仰る通り、魅了魔法の使用を確認しました。先に言っておきますと、私にも効いていませんよ」
そう答えれば、リーネ嬢がさっと青ざめる。
「嘘、この人は嘘つきだわ! 殿下、私を信じてください!!」
「君は相手が誰か分かって言っているのか? 相手は天才魔導士のホロウだぞ」
「あっ、え……この人が?」
「はぁ……この学園で彼女のことを知らない人間がいたとはな」
気づいてなかったのか……躊躇いなく魔法を使ってきたのは、そういう理由もあったのかもしれない。
言い逃れはできない。
だが、パニックになったリーネ嬢は、別の問題に話をすり替える。グランディール様に魅了魔法をかけようとしたことは、なしにはなりませんからね。
「でも、でも、私! アミリア様たちに酷いことをされたのは本当なんです。今日だけじゃありません。時には手をあげられたり、嫌がらせのようなことを何度も……」
「証明できるものはあるのか?」
「はい! クラスメイトの方なら、証言してくれるはずです。すぐに呼んで参りますから!」
もちろん、そんな事実はない。アミリア様たちの怒りも頂点に達しそうだ。本当に手を出したのでは話がややこしくなる。早めに片をつけた方がいいな。
リーネ嬢に味方するご令息たちも何人かいる。ただし、それは彼女の魅了魔法にかかってしまった方々だ。
すっくと立ち上がったリーネ嬢を、私は手で制した。
「そう仰られるかと思いまして、すでにお連れしています」
グレース様にも協力していただき、リーネ嬢と親しくしていたご令息たちに声を掛けてもらっていた。王女であるグレース様に来てくれと頼まれて断れる人間もそういないだろう。
エルには、彼らをこの部屋まで連れてくるよう頼んでいた。
廊下に待機していたご令息たちが、部屋の中に入ってくる。
「君たちに問おう。リーネ嬢は、アミリアたちに酷い仕打ちを受けていたと言っているが、事実か?」
グランディール様の問いに、ご令息たちは迷いなく「いいえ」と答えた。
「そん、な……そんな、どうして!?」
この状況で、さらにご令息たちに魅了魔法をかけようとしていたのは驚きだ。でも、すでにそれを無効にする魔法を彼らにかけているので意味はない。目が覚めた彼らは、冷ややかな視線をリーネ嬢に向けていた。
最後の頼みの綱がなくなったリーネ嬢は、わなわなと肩を震わせて叫ぶ。
「こんなことになるなんて聞いてない! 私はお父様の言う通りにしただけよ! そうすれば、殿下と結婚できるからって」
「なるほど、トリル男爵の入れ知恵か。考えが浅はかだな。魔法に対しての知識もないのか」
グランディール様が重いため息をつく。
「君はもっと学ぶべきだった。アミリアの忠告を受け入れていれば、まだ酌量の余地はあったかもしれないがな」
アミリア様の言葉を受け止め、トリル男爵の言葉に踊らされることなく、自分で考えることができていたなら、また違っていたのかもしれない。
だが、何人にも魅了魔法を使用したこと自体、大きな問題だ。しかも、そのうちの一人が王族となれば尚更。国をいいように操ろうと考えていたのではないかと思われても仕方がない。
「王族を謀るのは大罪だ。相応の処分は覚悟してもらうことになる」
納得いかないと反論を続けるリーネ嬢だったが、それでなかったことになるほど甘くはない。
知らなかったから、というのにも限度がある。リーネ嬢も、国民を守る貴族の一員であるはずなのだから。




