19 婚約者候補2
どこまで行ってしまったんだろう。探してもなかなかアミリア様が見つからない。
道行く人たちに見かけていないか尋ねてみても、有力な情報は手に入らなかった。
こうなると、頼る先は一つしかないだろう。
「エル、いる?」
「どうしました?」
名を呼べば、どこからともなくエルが姿を現わす。やっぱり近くにいたんだなぁ、と思わず苦笑してしまう。
学園にいる間、可能な限り一緒に行動しているが、アミリア様とは未だに相性が悪いらしく、彼女がやってくるとエルはどこかに消えてしまう。といっても、こうして近くにはいるんだけどね。
「アミリア様がどこにいるか知らない?」
「ええ……あの人ですか? 資料室の方に入っていくのは見ましたけど」
やはり、アミリア様の動向を常にうかがっている彼女であれば知っているのではと思ったが当たりだったようだ。渋々といった様子で教えてくれた。
「資料室……なんでそんなところに?」
「お一人ではなさそうでしたよ。アミリア様のとりま……ご友人たちと、例のご令嬢を連れていました」
おおっと、これは不味いのでは?
行動が早すぎますよ、アミリア様。
彼女のことだから、目に余る行動を注意しようとしているだけなんだろうけど、やり方がよくない。はたから見れば、大勢で一人のご令嬢に詰め寄ってる図になりませんか。これじゃあ、どちらが悪いのか分からない。
他人に見られないように部屋に入ったのかもしれないけど、エルにはバレてるし、他にも目撃者がいるんじゃないかな。
リーネ・トリル男爵令嬢は、ほとんどの者から見れば非難されるような行動をしてきた。しかし、彼女の味方をする令息たちも実はそれなりにいるのだ。
だからといって、アミリア様に勝てるほどのものではない。でも、アミリア様ーープリンシア公爵家のことをよく思っていない、その力を削ぎたいと考えている家の令息令嬢も一定数いる。
理由はどうであれ、この件がよくない方向に転べば、アミリア様の立場が危うくなる恐れもあった。
「止めなくちゃ。エル、ごめん、一緒に来てもらってもいいかな? アミリア様のこと追いかけるから。エルは乗り気じゃないかもしれないけど」
いざという時に、目撃者が私だけというのも心もとない。
「とんでもない! 珍しいルナシアさんからのお願いです。どこへでも喜んでついて行きますよ」
満面の笑みで承諾してくれたエルにお礼を言い、急いでアミリア様がいるという資料室へ向かった。
近くまでくると、廊下まで聞こえるよく通る声で、誰かを注意する声が聞こえた。注意しているのはアミリア様だろう。
「あなた、グランディール様に婚約者候補がいることは、当然知っていますわね?」
「ええっ、そうだったんですか? 初めて聞きました」
「とぼけるのもいい加減にしなさい。グランディール様自身、あなたにそう言っていたはずです。私、直接お聞きしましたのよ。それとも、グランディール様が嘘をついているとでも?」
「聞き逃したのかもしれません。本当に知らなかったんです!」
うーん、揉めてるね。相手はリーネ嬢だろう。ここにヴァールハイト様がいれば、嘘かどうかすぐに分かったんだろうけど。まぁ、いたとしても、竜の瞳のことは秘密事項だ。公にすることはできない。
「では、仮に今知ったことにしましょう。もうグランディール様に纏わりつくのはやめると誓えますの?」
「そ、それは酷いです! グランディール様とは仲良くさせていただいてて……学園生活になかなか馴染めなかった私の心の拠り所なんです」
「酷いのはあなたの方でなくて? 私たちの気持ちを考えたことはあるかしら? グランディール様の傍に立ちたいのであれば、婚約者候補という同じ舞台に立ってからになさい。そもそも、グランディール様は迷惑なさっているのですよ? 仲良くしているというのは、あなたの勝手な思い込みですわ」
「そんな!」
わざとやっているのか、本当に勘違いしているのか。
グランディール様は誠実な方だ。婚約者候補がいる身で、他の女性と特別親しくなったりはしない。そもそも誰にでも優しい人なので、大抵は社交辞令というやつだ。
「どうして私と殿下の仲を引き裂こうとするのですか、酷い……」
涙声で訴える少女。これは埒があかない。
思い切って、資料室の扉をノックする。
「すみません、ここに用事があったのですが、お取り込み中ですか?」
「お願い、助けて! この方たちに酷いことを!」
いきなり扉が開いたかと思うと、縋るように金髪の少女が飛び出してきた。
私がここにいることに一瞬目を見開いてから、アミリア様は再びキッとリーネ嬢を見据えた。
「このままでは、あなたがこの学園にいられなくなりますわよ。あなたも貴族令嬢なら、ルールというものを少しは気にしなさい」
私も今は伯爵令嬢なので、貴族社会にも色々と難しいルールがあることは知っている。それを破れば、自分の立場が危うくなることも。
アミリア様は、もちろんイライラしたというのもあるんだろうけど、貴族社会のルールをリーネ嬢に教えようとしただけなのだ。
だが、リーネ嬢はそちらには目もくれず、私の腕を掴んで訴えかけてくる。リーネ嬢を引き離そうと動いたエルのことは目で制した。
「ほら、こうして酷いことをされているの! ね、あなたなら証言してくれるわよね? 私を助けてくれるわよね?」
ーーああ、なるほど。
問題はどうやってそれを証明するかだが。リーネ嬢を見ながら思案する。
「アミリア様、グランディール様と面会する時間を設けていただくことは可能ですか?」
「あなた!?」
「おそらく、グランディール様がすべて解決してくださると思いますので」
驚きの声を上げるアミリア様と、勝ち誇った笑みを浮かべるリーネ嬢。
「ね、お願いアミリア様。グランディール様に会えば、私と殿下がどれほど仲がいいか分かるはずだわ」
振り返ってアミリア様を見ているリーネ嬢には、私の顔は見えない。
「……分かりましたわ。やってみせなさい」
承諾の意を示したアミリア様に、リーネ嬢の笑みが深まった。
 




