4 再会
魔獣襲撃事件から、あれよあれよという間に再び「ホロウ」の称号を授けられた。
かつての上司だったディーン様は、あれ以来なにかと私のところにやってくる。だが、ギャロッド様に会えたのはあれが最後だったので、何も進展しなかったことは心残りだ。
無事に授与式が終わり、両親とともに帰宅しようとしていたところに、ディーン様が見送りに来てくれた。
「本当はもっとお話ししたいところなのですが、またの機会に。あなた方が、ルナシアさんのご両親ですね?」
ディーン様は貴族だし、宮廷魔導士でもある。とても身分が高い方だということは両親も分かっているので、フレンドリーに話しかけられて恐縮している。
自分が興味あることの前では身分そっちのけで行動する人だ。大らかな人なので滅多なことでは怒らないが、それが分かるまでは私も気を遣っていた。
「まさか、ルナシアがホロウを戴くことになるとは思ってもみませんでした。私たちに魔力はほとんどありませんし、この子が魔法を使っているところも見たことがありませんでしたから」
魔力は遺伝的なものもあれば、私のように偶然多く持って生まれてくることもある。
「ほうほう、魔法に馴染みのない環境で育ったにも関わらず、我々でも扱うのが難しい光魔法を使いこなすとは……やはり、この子は天才!!」
さすがに光魔法を使えたのは、宮廷魔導士時代の記憶があるからです。前はそこまでできませんでした。
ディーン様ワールドが発動し押され気味の両親を残して、私は建物に隠れて見えにくい場所に立つ大きな木の下へ向かった。
前の私がここに来たのは、初めてのお城が物珍しく、両親や、ディーン様ではないけど見送りの人たちの目を盗んで冒険していた時だ。
今回は意図的だが、行かねばならない理由があった。
「そこで何してるの?」
「あっ」
「そんなところにいると危ないよ?」
その木に登って下りれなくなってしまった、この国の王子様がいるから。やっぱり、またそこに男の子が座り込んでいた。
整えられた茶髪に、エメラルドグリーンの瞳。私より三歳年上のはずの彼だが、この時期はまだ小柄で私とも大差なかった。
「下りれないの?」
俯き加減に少年は頷いた。
目元が赤みを帯びているのを見ながら、長いことこうしていたのだろうなと推測する。
『風よ、包め』
以前そうしたように、私は風魔法を使って少年を木から下ろした。
「あ、ありがとう」
驚いた顔で、少年はまじまじとこちらを見ている。
「どうして木に登ったの?」
「ホロウをもらう子が、僕より小さい子だって聞いて見てみたくなったんだ」
私がまた彼を助けに来たのは、木に登った原因が私にあることを知っていたからだった。
この木に登れば、授与式が行われた部屋の窓が見える。ここからなら中の様子が分かるのではと登ったはいいが、結局よく見えなかった上に、下りれなくなってしまったのだという。
「でも、あまり危険なことしちゃ駄目だよ。じゃあ、私はもう行くね」
「待って!!」
少年が私を呼び止める。思えば、これが彼との最初の出会いだった。同じ学園に通っていた私は、十年後に再会することになる。
「僕は、グランディール・テラ・エルメラド。助けてくれて、本当にありがとう。君は?」
「ルナシア。ルナシア・シャルティル」
「ルナシア……」
エルメラドってちゃんと名乗ってくれてるのに、当時の私はしばらく王族だということに気づいていなかった。
懐かしいなと思いながら、今度こそ立ち去ろうとする私の腕をグランディール様が掴んだ。
「待って、お礼をさせてほしい」
おおっと? こんな展開はなかったはずだ。やっぱり、村の魔獣襲撃事件の結末が変わったことで、他のところにも変化が出ているのだろうか。
前回と全く同じことをしているだけでは、世界の崩壊を防ぐことはできない。行動すれば未来は変えられる。それが分かったのは大きな成果だろう。
ただ、変われば変わるほど、私のかつての記憶は当てにならなくなる可能性があるため、慎重に動くに越したことはないだろう。
学園に入学してからは非常にお世話になる方だが、この時はまだ顔見知り程度だ。
「お父さんとお母さんが待ってるから、早く戻らないと怒られちゃう。だから、大丈夫」
「じゃあ、そこまで見送るよ。君が僕を助けてくれたことを、きちんと説明させてほしい」
有無を言わさぬ迫力。さすが子ども時代とはいえ、あのグランディール様である。学園にいる頃から発揮されていた王族としての威厳は、この頃から片鱗があったようだ。
さすがにここまで言われたら断れない。王族だと知らなければ話は違っただろうが。グランディール様が寛容な人だということはよく分かっているが、王子からの申し出を無下にしたのが誰かにバレたら、不敬罪にされるかもしれない。それは困る。
わざわざ手を煩わせる必要もないのだが、ここは大人しくお願いすることにした。
両親たちの元に戻ると、私がいないことに気がついたのか、どこにいったのだと名前を呼んで探している。
私の姿を見とめたディーン様は、一緒にいる王子の存在に気がついて慌てて膝を折った。両親もそれに倣おうとするのをグランディール様が制し、ディーン様のことも立たせる。
「お、王子!? なぜここにいらっしゃるのですか、お召し物もそんなに汚れて……」
「木に登って、下りれなくなってしまったところを、ルナシアさんが助けてくれたんです」
それを聞いたディーン様の目の色が変わる。
「なんですって!? どうやって助けたのです? まさか、あなたの腕で王子を抱えることはできないでしょう?」
「えっと……風で、こう、包む感じで」
「風魔法をそんなに繊細に扱えるなんて! ああっ、一時でも目を離すとは何たる不覚!!」
私のことよりも、王子の心配をもう少ししましょうよ。宮廷魔導士でしょう、ディーン様……。
「勝手にいなくなって、ごめんなさい」
謝れば、ディーン様のテンションが少し落ち着いた。
「いいえ、目を離した私が悪かったのです。別に何か問題を起こしたわけでもないですし、そのおかげで王子も助かりました。私からもお礼を言わせてください」
「本当にありがとう。しっかりとしたお礼は、また今度させてください」
八歳とは思えぬできたお方だ。
「そんな、王子に気を遣っていただく必要は……」
私の言葉を両親が代弁してくれる。
「いえ、気を遣っているわけではなく、僕が勝手にそうしたいだけなのです」
グランディール様が私に歩み寄る。
「また、必ずお会いしましょう、ルナシアさん」
笑ったーー表情筋が凝り固まっていると言われていたグランディール様が。
貴重なものを見た。そんなことを考えながら、両親とともに帰路についた。