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神に愛された宮廷魔導士  作者: 桜花シキ
第2章 学園編(一年生)
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17 竜の国4

 洞窟内が歓喜に包まれる中、リトランデ様が真っ先に隣に駆けつけてくれる。


「大丈夫か!?」

「魔法を使って疲れただけですから」


 それを聞いて安心したのか、ほっとした表情を見せる。

 魔法にも様々な属性があるけど、光魔法は特に疲れるからね。今回みたいに細かい作業をするとなると、殊更に。魔王に対抗するためには、この程度でへばっていられないんだけどさ。


 リトランデ様の手を借りて立ち上がる。

 そこに、ラーチェスの容態を確認していた皇子が、興奮気味にお礼を言ってきた。


「ありがとうございマス! 本当に……感謝してもしきれまセン」

「詳しい事情は分からんが、お主が儂の呪いを解いてくれたということでいいのだな? 儂からも礼を言う、ありがとう」


 それに続くように、ラーチェスがずいと頭を近づけてくる。その大きさと反して、優しい目をしているな。


「いやはや、この程度の呪いなら問題ないと甘く見ていた。手を煩わせてしまったな」

「どこか調子の悪いところはありませんか?」

「ああ、おかげさまでな」


 その言葉の通り、問題はないように見える。解呪による不調はないようだ。


「儂はラーチェス。命の恩人の名も教えてはもらえぬか?」

「私はルナシアと申します。こちらは、リトランデ様です」

「リトランデと申します。といっても、俺は付き添い程度ですが」

「ルナシアにリトランデか。サフィーアの民ではないな」

「僕の学友デス」

「ヴァールハイトの、なるほどな。それにしても、ルナシア……お主の魔力には底知れぬものを感じるな」


 興味深そうに、じっとラーチェスの瞳に見つめられる。流石は嘘を見抜く銀竜の瞳なのか、勘がいいのか。

 自分からホロウだって言う気はないけど、これは薄々感じ取られているかもしれないな。


 ラーチェスが回復した話は、すぐに広まった。当然、()()()の耳にも届くわけで。もしかすると、急変した時点で動き出していたのかもしれないけど。

 間もなくして、息を切らした中堅の男性と、その従者と思しき人たちがラーチェスのいる洞窟へとやってきた。

 その姿を見るや否や、その場にいた人たちが揃ってこうべを垂れる。皇子すらも、だ。ということは、誰かなんてだいたい想像がつく。

 元気になったラーチェスの姿を見て驚いた表情を浮かべ、さらに私たち外部の人間の姿を確認して、ますます驚愕の顔になった。


「ラーチェス様の容態が急変したと聞き駆けつけましたが……これは。この国の民ではない者たちの顔も見受けられるようだ。何か申し開きはあるか、ヴァールハイト」

「何を今更。入国してくる人間に対して許可を出しているのは、皇帝であるお前であろうに」


 ゆったりとした口調で、皇子よりも先にラーチェスが口を挟む。

 皇帝陛下はヴァールハイト様とよく似た顔立ちをしているが、その目つきは鋭かった。


「確かに入国の許可を出したのは私ですし、彼女たちの存在は知っていました。しかし、ラーチェス様と引き合わせることになるとは……」


 初めからこれが目的で、秘密にすべき情報も外部の人間に予め伝えていたのではないか。皇帝の目はそう語っていた。

 事実そうであるし、タイミングが良過ぎたのも疑われる原因になってしまったのだろう。ラーチェスの容態が悪化したのは、本当に偶然なのだが。

 進み出ようとした皇子を、さっとラーチェスが背に庇う。驚いて見上げる皇子に、任せておけと言わんばかりの視線を送る。


「儂の体調が急変して騒ぎになっていた。あれでは無視しろと言うのも無理な話だろう。責めるなら、急に具合の悪くなった儂を責めるといい。仲間の秘密を守って、呻かず黙って死ぬことのできなかった儂を、な」

「……そういう話をしているのではありません」


 ぐ、と皇帝陛下が一瞬言葉を詰まらせる。

 サフィーア帝国の人々にとって、銀竜は特別な存在だ。ラーチェスの回復を望まないはずがない。それは、ここにいる人たちを見ても明らかだった。

 皇帝陛下とてそれは同じはずだが、国を治め、守るものとして、見過ごせないこともあるのだろう。


「意地の悪いことを言った。すまなかったな」


 それはラーチェスも分かっているはず。皇帝陛下を宥めるために、あえて答えにくいことを言ったのだろう。

 謝罪の言葉を述べてから、ラーチェスは言葉を続ける。


「こやつらは信頼に足る。我らの秘密を悪戯に広めるようなことはすまい。竜の瞳に誓って保障しよう。警戒することも大切だが、寛容であれ。過ぎれば新たな火種になりかねん」


 かつて人間と竜が争った時代のように。

 言わずとも、後に続く言葉は誰もが察することができた。


「……ラーチェス様が、そう仰るのであれば」


 それには皇帝陛下も理解を示したようだった。


「すまんな、老いぼれが迷惑をかけた」

「迷惑などと。私にとっても、あなたの回復は喜ばしいことなのです」


 くるり、と皇帝陛下が私たちの方に向き直った。


「遅ればせながら、ラーチェス様を救っていただいたこと、国を代表して心から感謝します」


 深々とこうべを垂れ、皇帝陛下が謝辞を述べる。直々にそこまでされるとこちらが恐縮してしまう。急いで頭を上げてもらった。


「言葉だけでは、到底この感謝は伝えきれません。相応のもてなしをさせていただきたいのですが」

「いえ、ただの観光客ですし、それは……」


 サフィーア帝国の皇帝からもてなしを受けたとなれば、エルメラド王国も無関係とはいかなくなるかもしれない。あくまで個人的な用事ということで済ませたいのだ。


「せっかく観光しに来たのであろう。貴重な時間を割かせてすまなかったな。残った時間は好きに使わせてやったらどうだ?」


 困っていたところに、ラーチェスが助け舟を出してくれる。


「皇帝陛下のお誘いをお断りするようで申し訳ないのですが、私たちにもそれほど時間が残されているわけではないので。せっかくであれば、時間の許す限り観光を続けたいのですが」

「ほれ、こやつもそう言っておろう。相変わらず堅物よの」


 これ幸いとばかりに言葉を続ければ、しばらく考えるそぶりを見せたのちに、皇帝陛下が折れた。


「ヴァールハイト、彼女たちは我らの恩人だ。くれぐれも、失礼のないようにな」

「仰せの通りに」


 そう命じた後、皇帝陛下は従者たちを引き連れて帰っていった。


 もう大丈夫だから行っていいと、その場に残っていた世話係らしき人たちに向かって、ラーチェスは洞窟の外へ出るよう促した。

 人払いしてから、ラーチェスはおおらかに笑った。


「はっはっは、儂からすれば、あやつも子ども同然よ」

「助かりまシタ、ラーチェス」


 皇帝陛下でも、銀竜の長であるラーチェスの言葉は無視できないようだ。千歳越えの彼女からすれば、皆子ども同然だろう。


「助けてもらった手前、このくらいはな。しかし、あくまでも観光で来たことにしたいのだな。追求はしなかったが、あやつも気づいておるぞ」

「え」


 驚いて皇子を見やれば、観念したように話し始める。


「父も竜の瞳を持っていますカラ。隠し通すのは無理だと思っていまシタヨ」

「じゃあ、誤魔化してもバレるってことは、初めから分かっていたんですか?」

「すみまセン。元から咎められることは覚悟の上でしたカラ」


 なんと……旅行だなんて言っても、すぐにバレてしまうことが分かっていたなんて。

 皇子には相手の嘘が分かっても、私たちからすれば皇子のついた嘘は分からない。ううむ、いい考えだと思ったのだが、皇帝陛下も竜の瞳をもっていたのは誤算だった。


「他でもないお前が連れてきた人間だ。害のない人間であることは、あやつも分かっておろうよ。だが、あれも皇帝だからな。竜の瞳はあれど、疑うのも仕事のうちだ」

「でも、皇帝陛下にバレてるって……皇子は本当に大丈夫なんですか?」

「なに、儂も回復した。ヴァールハイトが叱られないように見張っておいてやろう」


 そう言うと、みるみるラーチェスの体が縮み、幼い人間の少女の姿に変わった。

 銀の髪を青いリボンで後ろに結わえ、銀竜の刺繍が施されたサフィーア帝国の伝統衣装を身に纏っている。すべてを見透かすような澄んだ青い瞳はそのままだ。背丈は私の半分ほどになったが、その堂々たる立ち姿には貫禄があった。

 これが、皇子が言っていた見た目と中身が一致しない姿というやつだろう。


「観光ということにしておきたいのは、ヴァールハイトを守るためか。留学してまだ僅かだというのに、よい友をもったな」


 息子や孫を見るように、ラーチェスが目を細める。


「存分に楽しんでくるといい。ただ、勉学の方も疎かにはせんようにな。課題も出ておろう? 休暇が終わるギリギリになってから手をつけるようなことのないようにな。また泣きつかれても、儂は手伝ってやれんぞ」

「ラーチェス! 昔のことは掘り返さないでくだサイ……」


 慌てる皇子の姿に、私はリトランデ様と顔を見合わせて微笑んだ。

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