14 魔術暴走3
大魔法の取り消しに成功し、大きな被害もなく事態は収束した。
「まさか、本当に大魔法を取り消すとは……流石と言わざるを得ませんね」
先生が面白いものを見つけたような目をしている。こういうところはディーン様の親族だなって感じるよ。
ようやくグレース様も落ち着きを取り戻してきたのか、私の顔を見て何か言いたげな視線を向けている。
「怪我はありませんか? 具合が悪いところは?」
「う、うん、平気……ありがとう」
こちらから話しかければ、はっとしたように頭を下げてくる。
念のため確認するも、まだ若干混乱していることを除けば問題なさそうだった。
「大きな魔力を持っていても、自分で扱えないほど大きな魔法を使おうとすれば、こんな風に暴走するんです。周りの人間も、あなた自身も危ないところでした」
「ご、ごめんなさい……」
「怪我がなかったのなら、よかったです。ただ、同級生たちを驚かせてしまったと思うので、あとで謝っておいた方がいいかもしれませんね」
一応注意はしたが、本人も反省しているようなので深くは追求しなかった。事の重大さはよく理解しているだろうし、丸く収まったのならそれでいいだろう。
同級生たちへの弁解は必要かもしれないけどね。先生の防御魔法が解かれたことで、訓練場の扉が開くようになった。その扉の隙間から、様子を窺うようにいくつもの目が見える。
「グレース!!」
その時、扉の前の人をかき分けて飛び込んでくる人影があった。
ずんずんグレース様の方に向かってやってくるのは、兄のグランディール様だった。まぁ、これだけ騒がしくしていたら気づいても不思議ではないよね。
「何があったかは、他の学生から聞いた。あれほど勝手に大きな魔法を使うなと注意しただろう! 一歩間違えば、同級生に怪我をさせていたかもしれないんだぞ!?」
「ごめんなさい!」
見たこともないような鬼の形相で、グランディール様がグレース様を叱る。
妹の身を案じてのこともそうだけど、王族が学生を傷つけたとなれば大問題になるからね。今回の一件は、一歩間違えれば大変なことになっていた。グランディール様が怒るのも仕方がない。
「この件は父上にも報告させてもらう。いいな、グレース?」
「うん、分かった……」
「それで、お前に怪我はないのか?」
「うん、私は大丈夫。この人が助けてくれたから」
グレース様が無事なことにほっとした様子を見せる。やっぱり妹のことが心配だったんだね。
ようやくいつもの調子に戻ったグランディール様が私の方に向き直る。
「君には何度も助けられているな。妹を助けてくれて本当にありがとう」
「誰も怪我がないのなら良かったです」
「大事に至らなかったのは君のおかげだ。君がいなかったらどうなっていたことか……いくら感謝しても足りないな」
グランディール様は何度もとおっしゃっているけど、言うほど役には立てていない。グランディール様をまだ幼い頃に助けたことと、今グレース様の魔術暴走を止めたことくらいじゃないだろうか。
とても礼儀正しい方なので、少しのことでも大袈裟なくらいに恩を感じてしまうのかもしれない。
「私からも、グレース様にはお話ししたいことがあります。構いませんか?」
「はい、分かりました。本当にごめんなさい」
話が終わるのを待って、ヴァイゼ先生が申し出る。今回の件の注意だろうね。
「それと、ルナシアさん。あなたも放課後あたりに私の部屋まで来ていただけますか? 個人的にお話ししたいと思いまして」
おや、私も?
前回はこのまま解散だったので、不思議に思う。不思議に思いながらも、それに了承した。
魔術暴走の騒ぎで中途半端になってしまった魔力測定は後日行われることとなった。
その日の残りの授業は予定通りに行われたが、グレース様はヴァイゼ先生のところに行っていたため不在。
その後の授業に参加していた私も、何があったのかと同級生たちに質問攻めされることになった。
噂を聞きつけたエルが休み時間に飛んできてパニックになっていたのを宥めるのも大変だった。
放課後、ヴァイゼ先生のところに向かおうとしたのだが、なかなかエルが離れようとしないので困ってしまった。
一緒に行くか、日を改めるしかないかと思っていたところにアルランデ様が通りかかったので、エルのことを彼に頼み、先生の元へ急いだ。
ごめんね、エル。後で事情は詳しく説明するから。
ヴァイゼ先生がいる研究室には、至る所に資料が所狭しと積み上げられていた。何人かの学生が作業しているのも見受けられる。
私が訪ねていくと、来訪者の為に設けられたスペースなのか、テーブルを挟んで向かい合うように置いてある椅子に座るよう勧められた。
ヴァイゼ先生は、国内でも屈指の知識人だ。
ディーン様の父の弟ーーつまり、叔父にあたる方でもあるのだが、本家からは離れ一般市民と変わらない生活を送っている。
本家筋のミドルネームである「ステラ」から「アステラ」に変更したのも、後継者問題から退くことを明確にするためだったとか。
エトワール姓は残ったままだが、本人が進んでそれを名乗ることはない。
なぜ私がそこまで知っているかというと、私が以前ここの研究室の卒業生だったからだ。
ヴァイゼ先生にはとてもお世話になった。こうして向かい合って座っていると、懐かしい気持ちになる。よくこうして話し合ったなぁ。
淹れたてのコーヒーの芳ばしい香りが鼻腔をくすぐる。いい豆使ってるんだろうなぁ。
一息ついて落ち着いたところで、ヴァイゼ先生が話し始めた。
「改めまして、今日はありがとうございました。被害が最小限に抑えられたのは、君のおかげです。私では、グレース様の身の安全までは保証できなかった」
「失敗する可能性もありましたから。先生が防御魔法を展開していてくれたので、落ち着いて対応できました」
「あの時のあなたは、私よりも冷静に見えましたよ。おかげで私の方が頭を冷やされました」
一口、コーヒーを啜ってから先生が尋ねる。
「確か、イーズ君のところの娘さんでしたね」
急にお養父様の名前が出たことに驚いたが、お養父様もこの学園の卒業生なのだ。先生と面識があっても不思議ではない。
「私の研究室の教え子なんです。彼は元気にしていますか?」
なるほど、それなら今回呼び出されたのも納得がいく。
ファブラス家の子ーーお養父様の関係者というのが、前回との大きな違いだろう。
それにしても、お養父様と同じ研究室だったなんて、運命的なものを感じてしまう。
「はい、毎日忙しそうですが。当主の仕事以外にも、熱心に魔法の研究をしています」
「そうですか、彼らしいですね。この研究室の学生の中でも、彼の才能は抜きん出ていましたから」
「そうなんですか? あまり養父から学生時代の話は聞いたことがなくて」
「自分から話すような子ではないですからね。非常に有益な研究成果を多く出してきたというのに、自分では発表しないまま卒業してしまいましたし。主張することや目立つことが苦手なんでしょう」
それは分かる。ガザーク家のお茶会にも行こうとしないし、そもそも自分の領地から離れるのを見るのは稀だ。ディーン様も目立たない学生だったと言っていたし。
だが、皆そろって優秀な人だと答える。それが一部の人にしか知られていないのは勿体ない気もするが、それがお養父様の持ち味でもあるから仕方がないのだろう。
「お養父様は、魔獣関係の研究を? 今されているのは、そういった内容なので」
「そうですね、魔獣関係のものは多いです。しかし、彼の研究は多岐に渡っていたので、これといって絞ることは難しいかもしれませんね」
「そうなんですか? お養父様の研究は多少なりとも知った気でいましたが、それは初耳です」
「仕方のないことです。世に出ないまま眠っているデータが数多くありますからね。そうだ、気になるなら目を通してみますか? 彼の残した資料は保管しているので」
「いいんですか?」
「ええ、このまま眠らせておくより、あなたの今後の糧になった方がいいでしょうから。あなたになら、イーズ君も喜んで見せてくれると思いますよ。私がいない時は、研究室の学生の誰かに声をかけてもらえれば結構です。自由に出入りしてください」
「ありがとうございます!」
これは嬉しい。私がこの研究室の学生だった頃にも、お養父様の資料には目を通したことがなかったはずだ。そもそも、イーズという名前も聞いたことがない。
研究室の中では有名人だったはずのお養父様の資料を読んだことがなかったなんて。以前の私の学習意欲が低かったのかもなぁ。
でも、そんな有名人の名前があがらないというのはあり得るのだろうか。
まぁ、以前の私はファブラス家とは何の関わりもなかったし、先生の口からその名前が出る機会もなかったのかもしれない。
何にせよ、お養父様の研究資料はきっと役に立つだろう。
吸収できるものは何でもしておかないと。当面の目標はそれらの資料の読破だな。




