14 魔術暴走2
魔力測定の前に、担当の先生から説明を受ける。
「入学式の時にも挨拶はさせていただきましたが、改めまして。私はヴァイゼ・アステラ、魔法学の授業を担当させていただきます。よろしくお願いしますね」
にこり、と美しい笑みを浮かべて挨拶してくれた先生。以前もお世話になった方なので、怒ると怖いのはよく知っている。でも、何よりも学生を心配してくれる人だ。
魔法科の授業は、魔法の歴史について学ぶものや、一般常識に関わるものなど多岐に渡るが、科の名前にもなっているこの魔法学の授業を任される教員は特に優秀者だ。
肩ほどに伸びた茶髪に、スカイブルーの瞳。その瞳の色も相まって、ある人物を連想させる顔立ちだ。
というのも、ヴァイゼ先生はディーン様の血縁者なのである。尤も、本人が進んで語ることはないため、知らない人も多いとは思うが。
ヴァイゼ先生は、侯爵家の血筋とあって貴族側からの反発も少なく、かといって一般市民に対しても偏見がないため、その点においても信頼がおける。
もちろん、ディーン様をはじめとして優秀な魔導士を輩出する名家の出身でもあるので、その実力は確かなものだ。
魔力測定についての説明が終わり、私たちは順番に、魔力量や魔力のコントロールなど各項目の測定を終わらせていく。
自分の測定をしながらも、私はグレース様の方に視線を向けていた。
記憶の通りだとすれば、「今扱うことのできる攻撃系の最高魔法」の測定で魔術暴走が起こる。
ここでいう「扱うことができる」、は制御できる魔法のことだ。発動できても、それを自分の意思で扱うことができないのであれば無効になる。
これまでも、以前とは異なる出来事が起こることはあったので、もし魔術暴走が起こらないのならそれに越したことはない。
だが、そう上手くはいきそうになかった。
「アミリア様、避難の準備をした方がいいかもしれません」
「避難? 一体、どうしたのでーー」
言いかけたアミリア様は、私の視線の先を追って、はっと息をのんだ。
「グレース! 今すぐその魔法の発動を止めなさい!」
ヴァイゼ先生も異変に気がついたようで、焦った様子で声を荒げる。
「あ、あぁあ! と、止まらないの!!」
両手を前に突き出し、そこからバチバチと火花が散っている。自分でも制御できないようで、グレース様の意志と反してだんだん激しさを増していく。
「全員、外に出なさい!」
このままでは他の学生に被害が出ると判断した先生は、全員に訓練場から出るよう命じた。
悲鳴をあげながら、学生たちは次々と外に出て行く。
「あなた、何をしているの!? 私たちも脱出しますわよ!」
「アミリア様は、先に行ってください。私は大丈夫ですから」
「まったく、あなたはまたーー本当に大丈夫なんですの?」
何か言おうとした口を噤み、アミリア様が再度問う。心配してくれているのだろうか。こんな時だけど、彼女にそう言ってもらえるのは嬉しいね。
その問いに頷けば、アミリア様も諦めたように避難していった。
さて、ここからが正念場だ。
「先生、私に任せていただけませんか?」
「君は、ホロウの……いえ、ここは私が何とかします。危険ですから、早く避難しなさい」
まだ残っていたのかとヴァイゼ先生は避難を促してくれたが、このままでは魔術暴走は収まらない。
王族でもトップクラスの魔力を保持するグレース様の魔術暴走が起これば、どれほど大きな被害が出るか分からない。外に被害が広がらないように、この場に防御魔法を張り巡らすというのが、リスクを最小限に抑える方法になるだろう。先生もそう考えてこの場に残ったはずだ。
だが、それではグレース様へのダメージは防げない。
かつて魔王と対峙した際に私も大魔法を使ったが、自分にかかる負荷も尋常ではない。
対魔王ほどの威力ではないにしても、このまま本格的に魔法が発動すればグレース様の体に大きな負担がかかることは間違いない。
「大魔法は発動した本人にも大きなダメージが残ります。だから、完全に発動する前に、魔法の発動を取り消します」
「できるのですか、そんなことが」
「はい」
魔法の発動の取り消しには、その魔法と同等以上の魔力を持ってしか対抗できない。自分自身でも取り消しは可能なのだが、パニック状態のグレース様にそれは望めないだろう。
こういう時には、この無駄に多い魔力が役に立つ。
私が冗談で言っているわけではないと信じてもらえたのか、先生も了承してくれた。
「分かりました。ですが、危険だと判断したら無理矢理にでも外に追い出しますからね。上手くいかなかった時のために、私はこの訓練場に防御魔法を張り巡らしておきます」
一度同じことをしているとはいえ、網は何重にも張っておいた方がいい。先生の力もあれば、いざという時も安心だ。
魔法の取り消し自体は、さほど珍しいものではない。魔導士なら誰でも行ったことはあるはずだ。完全に魔法が発動する前なら、ちょっと意識すれば止められる。
だが、威力が上がれば上がるほど、それは難しくなる。失敗すれば、深刻な被害が周りに出る危険性もある。
先生もそれは分かっているはずなので、防御魔法を幾重にも張り巡らせている。外への被害は最小限に済むだろうが、失敗すればここにいる私たちは無傷とはいかないだろう。
魔法を取り消す際に無意識に行っているのは、魔法を逆から辿ること。魔力の糸で編まれた魔法の構造を理解し、解く作業だ。
簡単な魔法であれば解読も楽なのだが、大魔法ともなると複雑に糸が絡み合っているような状態なので、少々骨が折れる。
前回は時間がかかってしまったが、今回は同じ魔法だとすぐに分かったのでスムーズに解読することができた。
意識を集中させ、グレース様の魔力と同調する。魔力の糸を捉え、逆から相殺する魔力を注ぎ込んでいく。力加減を間違えると誤爆するおそれがあるため、ここは慎重に。
しばらくすると、発動寸前だった魔法の気配は消えた。
何が起こったのか理解が追いついていないようでグレース様はぽかんとしていたが、ひとまず無事なようで何よりだ。




