12 社交界デビュー
「パーティー、ですか?」
「はい、プリンシア公爵家からのお誘いです。あなたも十二歳になったので、そろそろ参加してもよい頃合いではありますね」
お養父様の執務室に呼ばれ、何かと思えばパーティーへの招待状を渡された。
「プリンシア家のご令嬢も十二歳になるということで、同年代の子どもがいる貴族たちに招待状を出しているようです。ガザーク家からも、リトランデ君とアルランデ君が参加するようですね」
プリンシア家の同年代のご令嬢といえば、アミリア様だろうか。
彼女は学園時代の同級生で、この国の第一王子グランディール様の婚約者候補のひとりだった。プリンシア公爵家は歴史のある名家で、彼女の父は宰相だったはずだ。婚約者としてかなり有力視されていたと思う。
私は、アミリア様にあまりよく思われていなかった。貴族が多い学園に、一般市民が入学してきたからという理由もあったのだろう。
ただ、卒業するまでには何だかんだ和解して、ライバル認定されることになった。一体、何のライバルだったのかは今でもよく分かっていないんだけどね。
子どもの頃の彼女がどんな子だったのかは想像するしかないけど、かつての知り合いに会えるというのは懐かしい気持ちになる。
リトランデ様も参加されるらしいし、初めてのパーティーとしては心強い。たしか、親同士が友達だからという理由で、リトランデ様とアミリア様は昔から交流があったはずだ。幼馴染というやつだね。
「無理強いはしません。どうしますか?」
「いい機会ですし、参加させていただきます」
いつかは参加しなければならなくなるだろうし、それなら知っている人がいた方がいい。同年代の人たちが集まるパーティーだし、今後もお世話になる人がいるかもしれない。交友関係を広げておく意味合いでも、参加しておくべきかもしれないね。
パーティーに参加することが決まると、その準備ということでしばらく慌ただしかった。マナーの先生はいつも以上に厳しかったし、ダンスの練習もした。
中でも、衣装合わせは大変だった。準備してくれた人たちの方が苦労したと思うけど、その熱の入りようが凄かったというか。
私がこの屋敷に来てから身の回りの世話をしてくれているメイドのリーファさん。初めてガザーク家でのお茶会に参加した時、ドレス諸々の準備をしてくれたのも彼女だ。肩で切りそろえられた艶やかな黒髪、同じ色の落ち着いた瞳は、彼女の凛とした美しさを際立たせている。まだ二十代らしいけど、とても頼りになる。
プリンシア公爵家でのパーティーに参加するという話を聞いて、またも彼女が立ち上がってくれた。
「お任せください。お嬢様をパーティーで一番輝かせてご覧に入れましょう」
「ほ、ほどほどにね?」
「社交界デビューですよ? ここで気合をいれなければ、どこでいれるというのです。早速、衣装合わせをしましょう。こんな日が来るかと、お嬢様に似合いそうなドレスや装飾品は各種取り揃えてあります」
ファブラス家の一室には、リーファや同僚たちが集めたという衣装コレクションが収められている。今まで子どもがいなかったところに私が来たので張り切ってしまったとのこと。娘や孫の感覚なのかな。
ふと、衣装部屋の隅っこの方に、テープで封印された箱がいくつか隔離してあるのを見つけてしまった。あれは何かとリーファに尋ねれば、スンと表情がなくなった。
「そちらの一角は、お嬢様がパーティーに参加すると聞いてエトワール侯爵様から送られてきたプレゼントですが、センスが壊滅的なのでなかったことに。どうせご本人は今回参加されないのでバレません」
「それは不味いんじゃ……」
「あれをお嬢様に着飾らせるくらいなら、私は罰されても構いません」
「そ、そんなに?」
リーファの目は本気だ。そこまで言われると逆に気になるけど。
ごめんなさい、ディーン様。お気持ちだけ受け取っておきます。封印されたプレゼント箱に向かって心の中で謝っておいた。
衣装合わせをしていく中で、数年前にグランディール様から頂いたペンダントのことを思い出した。守護の魔法が込められたそれを、普段はお守り代わりに服の下に忍ばせて身につけている。
エメラルドグリーンの宝石が金の台座にはめ込まれたペンダント。今日も首から下げたままになっていたので、着替える際にリーファがそれを見つけて首を傾げた。
「これは?」
「グランディール様から、闘技大会で優勝した時に頂いたペンダントなの」
「それはそれは‥‥‥これほど見事な首飾りなら当日も身につけて行って欲しいものですが、今回はそうしない方がいいでしょうね。エメラルドグリーンの宝石は、国の象徴。誰にでも手に入るものではありません。察しの良い方であれば、王族から贈られたものではないかと勘ぐるはず。余計な詮索をされないためにも、置いていくべきかと」
今回のパーティーには、アミリア様だけでなく、グランディール様の婚約者候補たちが集まっている。そこに部外者の私がこれを身に付けていっては誤解を招くおそれがある。リーファの言う通り、持っていかない方がいいだろう。
「そうだね、そうする」
「ですが、王子からこのような贈り物を‥‥‥お嬢様にもチャンスはあると考えてよいのでしょうか」
「リーファ?」
「いえ、何でもございません。それよりも、どんどん試着していかないと終わりませんよ」
その後も着せ替え人形のように衣装合わせは続いた。疲れ果ててくる私とは対照的に、リーファの勢いが衰えることはなかった。




