11 確執2
あの後、近隣の町で起こった魔獣騒ぎは、ディーン様の助太刀によって解決した。
ディーン様曰く、今回の魔獣はいつもより手強かったそうだ。より強力な魔獣への対抗策を考えなければならない、と真剣な顔で言っていた。
魔獣の凶暴化ーーいずれ現れるであろう魔王の予兆である気がしてならない。
「ギャロッドがあれだけ手酷くやられるんですから、悠長にしてはいられません」
ヴァン様の研究資料を一緒に見ていた時、ディーン様はそう零していた。
二人の仲は相変わらずだけど、ディーン様はギャロッド様のことをちゃんと評価している。
ディーン様は宮廷魔導士の中でも一番といって差し支えない実力者だけど、ギャロッド様も宮廷魔導士に任命されている人間なのだ。魔導士たちからすれば、誰もが一目置く存在である。
だが、ギャロッド様は一番にならなければという思いが強すぎるのか、現状に満足できていないようだ。
努力も人一倍で、魔法に関してのセンスもある。でも、一番はたった一人にしか与えられない。それを追い求めることが悪いとは思わないけど、今のギャロッド様はとても苦しそうに見えた。
いつものようにヴァン様の研究資料を見に来た帰り、廊下を歩いているとギャロッド様の後ろ姿を見かけた。
この前のお菓子のお礼もできていなかったし、あのクッキーを買ったお店も聞き出さなくてはならない。それを理由に話しかけることにした。
「お前の顔は見たくないと言ったはずだが」
声をかければ、やはり凄く嫌そうな顔をされる。
「この前は、お菓子ありがとうございました。美味しかったです」
チッ、とまた舌打ちされたが、以前の私からすればこんなのまだ優しいものだ。今の私が子どもだから、という理由もあるのかもしれない。
「用が済んだのなら早く行け」
相変わらず素っ気ないけど、話を聞いてくれる余地はある。
すぐに立ち去る様子のない私を見て、ギャロッド様の眉間にはますますシワが寄った。すみません、もう少し我慢してください。
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「ギャロッド様から頂いたあのクッキーがとても美味しかったので、どこの店のものか知っていたら教えてもらいたいなと思って」
「あれは出先で買ったものだ。どこの店かまでは覚えていない」
「なるほど……エルメラド王国で手に入るものでしょうか?」
「それこそ、ヴェルデ領で買ったはずだ。お前の方が詳しいんじゃないのか?」
なんと、知りませんでした。うちの近くで買えるものだったんですね。地元の美味しいお菓子を見逃していたなんて、なんたる不覚!
「知りませんでした、ありがとうございます! 早速、探してみますね。この前のは私が食べちゃいましたから、今度お土産を買ってきます」
「俺は別にいらなーー」
「では、今日はこれで失礼します!」
「おい!」
いきなりこの人と距離を詰められるとは思っていない。無理矢理にでも理由をこじつけて足を運ぶしかないだろう。
ギャロッド様には少し強引なくらいがいいのかもしれないと、ディーン様を見ていて思った。ディーン様に対しても私と似たような態度をとっているけど、ディーン様のところには自分から行くもんね。
根はいい人だから、また前みたいに険悪な関係にはなりたくないんだよ。
ヴェルデ領で無事にあのクッキーと同じ味の店を探し出し、お土産だと言ってギャロッド様に持っていった。
いらない、と最初は断られたが強めに押し付ければ渋々受け取ってくれた。ギャロッド様も魔導士だし、食べ物を粗末にはしないだろう。
それ以降、何かと理由をつけて私はギャロッド様のところに通っていた。美味しいお菓子を見つけたら、それも持っていくようにしている。
最初は保存が効くタイプのお菓子にしていたが、だんだん日持ちしないケーキやアイスクリームを持っていって一緒に食べるようになった。移動中は魔法で冷やしながら保存してるから、痛んではいないはず。
はじめこそかなり強引だったとは思うが、最近では嫌そうな顔をしながらも私が手荷物を持って現れると、何も言わずにお茶を淹れてくれるようになった。ありがとうございます。
今日も休憩スペースでギャロッド様の淹れてくれた紅茶と、私が持ってきたショートケーキを一緒に食べていた。
「お前も物好きだな。俺なんかと菓子を食べて何が楽しいんだか」
魔導士全般に言えることだけど、美味しいものを食べているときは機嫌がよくなる。ギャロッド様にも多少なりとも効果があるんだろうね。お菓子を食べている瞬間だけは、いつもよりちょっと態度が柔らかい。
「楽しいですよ。ギャロッド様、いろんな食べ物の話を知ってますし」
「魔獣討伐の関係で各地を飛び回る機会が多いだけだ」
「ギャロッド様は、各地の美味しいお店巡りがお好きなんですか?」
「気が向いたときだけだ」
そうは言うが、食べ物に関する知識がとても豊富だ。毎回違った話が聞けるので純粋に面白い。
会話の途中で、ギャロッド様が白い紙袋をテーブルに置いた。
なんだろうと思いつつ中を確認して、私は飛び上がるほど驚いた。
「ギャロッド様、これは!?」
「運良く手に入った。やる。俺が子どもから菓子を巻き上げていると噂がたっても困るからな」
中に入っていたのはシュークリーム。それが入っている箱に刻まれた星型のロゴが、行列必至の有名店「シューティングスター」のものであることを物語っていた。
非常に美味しいと噂になっていた店で、店自体には行ったことがある。だが、この一日限定十個のシュークリームだけは手に入れることができないでいた。
ギャロッド様は運良くと言っているが、並ばなくては買えるはずがない。貴族であっても優遇はされない店だ。
私が食べてみたいと言っていたのを覚えていてくれたのだろうか。
「あれ、ギャロッド様の分は?」
袋に入っていたシュークリームは一つしかない。
「俺はいらん」
もしかして、ラスト一個だったのかな? 手に入っただけでも奇跡的なのに、複数個買えるだけの余裕はなかったのかもしれない。
私も食べたいけど、ギャロッド様が食べられなくなるのは駄目だ。あの人気店のシュークリームが次にいつ手に入るかも分からない。
「半分こにしましょう」
「別にいらないと言ってるだろう」
「これは独り占めにはできません。美味しいものは共有しないと」
クリームが飛び出さないように気をつけながら、半分に割る。
黄金色のカスタードクリームがとろりと顔を出す。外はさっくり、中はフワッとした生地がクリームを優しく包んでくれている。
「ほら、クリーム溢れちゃうので早く」
半分を差し出すと、迷いながらも受け取ってくれた。
手元に残ったシュークリームに齧りつけば、品の良い甘さが口に広がった。
私が食べたのを見てから、ギャロッド様もシュークリームを口に運ぶ。
「美味しいですねぇ」
「……そうだな」
おや、今ちょっと笑った?
再び目をやった時にはいつもの仏頂面だったので見間違いかもしれないが、少し口角が上がっていたような気がした。
美味しいものの力は偉大だなぁ。




