9 闘技大会6
私とエルの名前が呼ばれリングに上がったが、どうにも彼女は落ち着きがなかった。
「どうしよう……まさかルナシアさんと戦うことになるなんて……万が一、怪我でもさせてしまったら……ブツブツ……」
唇が動いているので何か呟いているようだが、その言葉は私が立っている場所までは届かない。
「では、はじめ!」
審判の合図があってからも、エルが動く様子はない。こちらの出方を窺っているのだろうか。
今の彼女がどの程度の力を持っているのか分からないので、私も様子を見たかったのだが。観客たちがそろそろ痺れを切らしそうだ。仕方がない。
『水よ、立ち上れ』
当たってもダメージが少ない魔法を選ぶ。水柱がエルの周りを取り囲むように何本も立ち上る。水の柱は、やがて一本の柱になろうと中心に集まっていく。このままではエルも飲み込まれてしまうが、どうするだろう。
危なくなれば止められるようにはしてあるが、私が動く前にエルが反応した。
『雷を纏え』
持っていた短剣に雷を纏わせ、周りを囲んでいた水柱をすべて切り裂く。形を失った水柱はあたりに雨となって降り注いだ。
魔法剣士ーーかつて、エルはそう呼ばれていた。
魔法科に進んだ私と違って、エルは騎士科。最初は獣人であるという理由でよく思われていなかったようだが、彼女の実力を知って認めてくれる人も出てきた。
ただ、いくら獣人といえど、体格のいい男性を前にしては分が悪い。だが、そこで諦めないのがエルだ。負けっぱなしで馬鹿にされるのは悔しいと、彼女の闘志は燃え上がっていた。
自分よりパワーのある相手を前にした時、同じく力で押し切ろうと思っても無理がある。足りない力を補うために、彼女は持ち前のセンスで武術に魔術を取り入れる術を身につけた。
その力で、彼女は騎士団の隊長を任されるまでに成長を遂げる。国を守る花形の役職であり、獣人の地位の確立には彼女の存在が大きく貢献した。
まだ幼いのに。このエルは、魔法剣士と呼ばれていた頃の彼女を彷彿とさせる。
この二年で何があったのか、私には分からない。学園時代の彼女の飲み込みは早く、メキメキと頭角を現していた。
そんな彼女のことだから、何かのきっかけで再び魔法剣を編み出していたとしても不思議ではないのかもしれない。やっぱりエルは凄いなぁ。
しかし、私の攻撃を防いだ後、エルはまたこちらの様子を窺ったまま、動かなくなってしまった。
これは、様子見ではなく攻撃することを躊躇っている? いったい、なぜ。
「遠慮しないでね。さっきから、攻撃するのを躊躇ってるように見えるよ?」
「うぅ……ですが……」
「大丈夫、優秀な治癒魔導士さんたちもいるんだから。せっかくここまで勝ち上がってきたんだし、本気でやろうよ」
「でも、もし……もしルナシアさんが死んでしまったら……」
何を考えているかと思えば、大袈裟だな。でも、深刻な表情のエルを見て、笑い飛ばしてしまうことはできなかった。
私は、確かに一度死んでいる。その感覚を忘れたことはない。だが、そんなことをエルが知るはずがないのだ。
エルはとても優しい子だから、彼女の村に出没した魔獣を倒した私に対して、遠慮があるのかもしれない。
それなら、尚更本気でやってもらわないと。いつまでも気にしてもらう必要はないのだ。
「これは闘技大会だよ。心配しなくても、私は死なないよ」
言い聞かせるように、できるだけ優しく言ったつもりだ。
その言葉を聞いて、エルが短剣を握り直す。しばらく考え込んでいたが、やがてまっすぐな瞳が私を捉えた。
「分かりましたーーいきます!」
エルの雰囲気が変わった。そうこないとね。
『風を纏え』
先ほどと同様に、今度は風を剣に纏わせて勢いよく突っ込んでくる。
パリン。
私の周りに張っていたバリアにヒビが入る。
(こんなに威力が出るの!?)
これは命の心配をしても可笑しくはなかったかもしれない。結構、強めにバリアは張っていたのだが、気を抜いたら一撃で抜かれる。
エル、この歳でこんなにできたっけ? やはり以前と違う部分もあるんだろうか。彼女のポテンシャルには驚かされる。
『蔓よ、捕らえろ』
防御に徹していては勝機はない。まずは相手の動きを封じなければ。
何本もの蔓を出現させ、エルを捕らえようと操る。だが、エルも素早くかわし、蔓を断ち切っていくので、なかなか捕まらない。
『風よ、運べ』
捕まらないなら、こっちから近づこう。
アルランデ様に使った魔法と同じだが、今度は自分に対してかける。何かを運ぶ時にももちろん使えるけど、空を飛んだり、移動を加速させることもできる魔法だ。
私は魔法を使わないとエルみたいに俊敏な動きはできないから、なるべく短期決戦にしたい。
今こそ修行の成果を見せる時だ。
イディオとの模擬戦で、魔力を最小限に抑えながら威力の出る魔法を試行錯誤してきた。このエルが相手なら、使ってみてもいいかもしれない。
『角氷』
訓練の休憩中、氷入りの飲み物を飲んでいて思いついた魔法。命名はイディオ。合作だね。
見た目は飲み物に入れる小さな氷そのもの。それをエルの足元目掛けて発射する。
思った通りエルはそれをかわしたが、リングの床に当たって砕けた氷は急速に成長し、逃げるエルの足を捕らえて凍りつかせた。
さほど時間もかからずエルはその氷から脱出したけど、接近するには十分な時間だった。
「いくよ!」
宣言してから、光魔法を放つ。まばゆい光線がエル目掛けて伸びる。エルも咄嗟に受け身をとり、しばらく抵抗が続いた。結構強めにやってるんだけど、これも受け止めるんだね。うーん、前より強くなってる気がするなぁ。
だけど、勝負はついた。
しばらく耐えていたエルだったけど、そのまま徐々に押されて場外に落ちた。
私が弱くなっちゃってただけかもしれないけど、エルは強かった。この調子じゃ、魔王を倒すなんて夢のまた夢だ。もっと気を引き締めていかないとな。
ひと呼吸して、ようやくわっと沸く観客たちの歓声が耳に届いた。




