8 お茶会(リトランデ視点)
「虹の瞳」を見た時、頭の中にあの記憶が蘇った。崩壊した世界、国を友を守ることができなかった無力な男の後悔を。
エルメラド王国の防衛を任されるガザーク家の次男として生まれ、この国の第一王子の友人で、側近でもあった。
俺は次男なので家を継ぐのは兄の役目だった。だから、グランディール様ーーグランから側近にならないかと誘われた時には迷わず引き受けた。
次期国王の側近という名誉だけでなく、友人を傍で守ることができる。これ以上に俺が望むものはない。
ルナシアには、俺も好意を持って接していた。それが友人の域を出そうになったこともある。
だが、他の誰でもない、グランの想い人であることも知っていた。だから、俺は彼らの友人であり続けることを決めた。
グラン、ルナシアーーあの二人が幸せなら、それでいい。嫉妬心も湧き上がらないくらい、俺は彼らのことが好きだった。
二人とも、何かと敵の多い人生だった。
グランは、王位継承の派閥争いであったり、暗殺の危険に晒されながら生きてきた。
ルナシアは、持って生まれた稀有な才能に苦しめられていた。
俺には到底理解し得ない、彼らの重圧。それを少しでも和らげたい一心で、俺にできることは何でもやった。
俺だけは、何があっても彼らの味方でありたかった。
グランとルナシアが笑って生きていて、その傍で俺が見守る。そんな幸せな夢をどれほど思い描いたことか。二人の幸せをどれほど願ったことか。
だが、所詮それが夢であったことを思い知らされる。醒めない夢などない。そんな現実を突きつけられた。
俺の思い描いていた小さな世界など、いとも容易く壊れてしまうことを身をもって知った。
「魔王」が現れた日。この世界は一度終わった。ガザーク家の人間として国を守ることも、大切な友人を救うこともできないまま。
グラン、ルナシア、本当にごめん。絶対守るって誓ったのに、約束を果たせなかった。
国を守るために最後まで抗ったグラン。皆が倒れる中、諦めずに魔王に立ち向かったルナシア。
その姿に、最後まで希望であり続けた彼らに、救われていたのは俺の方だ。
後悔ばかり抱いて世界とともに消えたはずの俺は、どういうわけか子ども時代に戻っていた。それに気がついたのは、ルナシアの「虹の瞳」を見た時だ。
「ルナシア・ホロウ・ファブラスと申します」
シャルティルではなく、ファブラスと名乗っていたが、その美しく珍しい色合いの瞳を持つ人間は多くない。姿は幼くとも、彼女があのルナシアであることは間違いないだろう。
ああ、もう二度と見ることが叶わないと思っていた友人がここにいる。涙腺が緩むのを何とか抑えるのに必死だった。
今の彼女とは初対面。驚かせるわけにはいかない。彼女からすれば、まだ友人でもなんでもない、会ったばかりの人間なのだから。
突然、父が戦いを挑んだ時は焦りと申し訳なさでいっぱいだったが、彼女はあの父に頭を下げさせた。自分が認めた相手にしか、あんな態度はとらない。さすがはルナシアだ。的を粉々にしてみせたことは、ガザーク家で噂になっている。次に彼女が来た時、うちの者が絡みに行きそうで怖い。
一緒にいたイディオという男性も、ファブラス家の一人娘を護衛するだけあって、練度の高い洗練された魔法の使い手だった。そして、ルナシアのことを絶対守ろうという気概が感じられた。
今の彼女には、守ってくれる人がちゃんといるんだと分かってほっとした。
一般家庭の出身だった彼女は、ほぼ独学でエルメラド王立学園への入学を果たしている。どれほど努力したのだろうか。
今はファブラス伯爵家の養子となっているので、その家柄が彼女を守る盾になるだろう。学園でも、外でも、身分を気にする輩はどこにでもいた。今回は、それが軽減されることを祈りたい。
記憶と同じ部分もあれば、違っていることもある。今のところ、それがルナシアにとって悪い方向に進んでいないだろうことが分かって安心した。
もし、以前とは運命が変わっているのだとしたら。あの世界の崩壊を防ぐこともできるのではないだろうか。グランとルナシアを守ることができるのではないだろうか。
これは、チャンスだ。描いた夢を現実にするための。
今度こそ、もう約束は破らない。そのために、俺はもっと強くならなくては。父よりも貪欲に。




