39 魔王7
しばらく銀竜たちの激しい攻撃が、魔王に襲いかかっていた。
流石の魔王もこれには押され気味だ。
一気に優勢になったかと思われたが、魔王はまだ力を隠していた。
魔王から、膨大な闇の力が溢れ出す。それは人の形をとり、魔人となった。その数は、ぱっと見ただけでは数えきれない。こちらに対抗して、数を増やしてきたのか。
「これまた面倒なやつよ」
ゆったりとラーチェスは言うが、その目つきは鋭かった。
銀竜たちに対して、召喚された魔人たちは攻撃を始める。魔王にこそ及ばないものの、宮廷魔導士並みの力をもった魔人たちが襲いかかってきた。
「魔王だけでも面倒だというのに、魔人まで……」
ギリッ、とエルが歯ぎしりする。
数では圧倒的に有利だったこちら側も、魔人の出現でまた押されつつあった。
「苦戦しているようだな」
ピクリ、とエルの耳が反応する。
ハッと声のする方を見たエルが、驚きと嬉しさの入り混じった表情をした。
「アンヘル兄さん!!」
視線の先には、大勢の獣人たちを引き連れた、エルの兄アンヘルの姿があった。
「加勢しにきた。そこの皇子に頼まれて仕方なく、な」
「お待ちしておりまシタ」
アンヘルとヴァールハイト様が、遠くから目を合わせる。
エルメラド王国と交流があるとはいえ、人間と獣人のわだかまりが完全になくなったわけではない。
それでも今ここに来てくれたのは、ヴァールハイト様が呼びかけてくれたからなのだろう。
「兄さんたちのところは大丈夫なんですか?」
「魔獣ごときに負けるほど、俺たちは弱くない」
他の獣人たちのことを心配したエルの問いかけに、アンヘルは力強く答えた。
アンヘルの指示に従って、獣人たちは魔人たちと戦闘を開始した。
魔人の出現で劣勢になるかと思われたエルメラド王国側だが、獣人たちの数と強大な力を前に、次々と消滅していった。
獣人たちが魔人の相手をしてくれている間に、私たち宮廷魔導士と宮廷騎士、そして銀竜たちは、魔王に向けて攻撃を再開する。
激しい攻防が続く中、魔王は新たな攻撃を仕掛けてきた。
素早くそれを察知した銀竜たちは、近くにいた騎士や魔導士たちを背に乗せて浮上する。
獣人たちも何かを感じ取り、高い場所へと移動した。
私はその場に残って防御魔法を展開し、広範囲に安全地帯を形成する。
防御魔法越しでも伝わる、肌がひりつく感覚。
一瞬にして、あたりは闇魔法が溢れ出した、真っ黒な海と化した。
避難が迅速だったために、被害は最小限で済んだ。だが、この闇魔法の波に少しでも触れれば、呪いを受けた時と同じ状態になるだろう。
防御魔法越しでも、完全に防ぎきれてはいないのだ。そのダメージは想像するのも恐ろしい。
早くこの状況を打開しないと、闇の海はどんどん広がり、国を、世界を飲み込んでいくだろう。その前に、光魔法でこの闇を晴らさなくては。
だが、ここで私が防御魔法を解けば、安全地帯にいる仲間たちが飲み込まれてしまう。みんなを移動させて、それからこの闇に対抗して……間に合うだろうか?
「ルナシアさん」
その時、エルが優しく微笑んだ。
「私たちのことは気にせず、魔王を倒してください」
「今度こそ、大切な人たちを守るって誓ったの。エルたちのこと、見捨てるなんてできるわけない!!」
だが、それに続くようにディーン様をはじめとした宮廷魔導士たち、それに宮廷騎士たちも口を揃えていう。
自分たちのことはいいから、魔王を倒し、この国の、いや世界の未来を守ってほしいと。
「迷わないでください。あなたの未来を守ることが、私にとって何よりも幸せなことなんですから」
エルに背中を押される。
だが、そう簡単に踏み切れることではない。時間はない。それでも、諦めるには相当の勇気がいる。
本当に、エルたちを見捨てるしかないのだろうか? みんなが逃げる時間くらいは稼げるのでは?
「私たちを逃しているうちに、手遅れになってはいけません。急いでください」
考えを見透かしたように、エルはもう一度強く言った。
そうするのが、一番被害が少なくて済むだろうと頭では分かっている。でも、それでもまだ悩んでいた。
奇跡的に巻き戻った時間。再び世界が滅んでも、また時間が巻き戻るかは分からない。そんな奇跡が、何度も起こるとも考えにくい。
ここで別れたら、本当にさよならになるかもしれない。それでも、覚悟を決めたエルたちの顔を見ていると、踏み切らなければならないのだという気持ちになる。
私も、覚悟を決めなくては……。
熱くなる目元。歯を食いしばり、エルたちに背を向ける。闇魔法をあたりに放出し続ける魔王を見据えて、防御魔法を解除ーー
ーーしようとした私の目の前が、真っ白になった。
「やあ、遅れてごめんね。レイ王国の魔獣たちの相手に少し手間取ってさ」
視界が戻った時には、あたりを埋め尽くしていた闇はなくなっていた。
代わりに、宙に浮かんだまま魔王を見据えるレイディアント殿下の姿があった。
「あれが親玉かな? あたりの闇は、僕が光魔法で払わせてもらったよ」
諦めかけていた私の前に差した、一筋の光。
時間が巻き戻る以前の世界では、出会うことができなかった、もう一人のホロウ。
転移魔法で、急いでやってきてくださったようだ。
「ありがとうございます……本当に、助かりました」
「ラディの治める国を壊されるわけにはいかないからね。僕も一緒に戦うよ。まだいけるかい?」
「もちろんです。私も、大切なものを失うのは、もうこりごりなので」
驚くエルたちに退避を促し、私はレイディアント様の隣に立った。
「さあ、ホロウの共闘といこうじゃないか!!」
二人のホロウが、魔王に立ち向かう。




