8 お茶会2
長いこと馬車に揺られながら、ようやくアグロス領に到着。ガザーク家のお屋敷へ向かい、門の警備をしていた方に招待状を見せれば、しばらくした後に屋敷の中へ通された。
屋敷に入ってすぐ出迎えてくれたのは、金髪碧眼の少年だった。「訓練の邪魔にならない髪型にしろって父がうるさいんだ」と、言っていたあの頃と変わらず、動いても顔にかからないよう切りそろえられている。
子ども時代でも、やっぱり彼だと分かるものだ。
「ようこそお越しくださいました。私はガザーク家の次男、リトランデ・ロイ・ガザークと申します」
「はじめまして。ルナシア・ホロウ・ファブラスと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
学園時代、宮廷魔導士時代ともにお世話になったリトランデ様。その柔らかい物腰はこの頃から変わらないようだ。
ガザーク家の人間だが、自分はあまり戦いが好きではないと言っていた通り、そもそも戦いが起こらない世の中にしたいと語っていた人だ。
でも、訓練で手抜きはしないので、グランディール様の側近となった頃には、宮廷騎士団の監督を任されるほどの実力者になっていた。
「急なご連絡になってしまい、申し訳ありませんでした。父がどうしても、ホロウを戴いた少女というのがどんな人物なのか見てみたいと騒いだもので……」
ガザーク家当主が来るまで、リトランデ様が話し相手になってくれた。イディオは私の後方に控えつつ、様子を見守っている。
「驚きましたが、お誘いいただけたのは嬉しかったです」
「そう言っていただけて安心しました」
リトランデ様は、ほっとした表情を浮かべる。とても気をつかってくれる方だ。
「綺麗な瞳ですね……ああ、変な意味ではなく!」
じっとリトランデ様が私の顔を見つめてきたので、ご飯の食べカスでもつけてきてしまったかと焦ったが、違ったようで安心した。
私の目は「虹の瞳」と呼ばれ、光の加減や見る人によって色合いが変わる。珍しいから気になったんだろうな。
「ありがとうございます。でも、リトランデ様の瞳だってとても綺麗ですよ」
「あ、ありがとうございます……なんだか照れますね」
そうこうしているうちに、ガザーク家の当主が部屋にやってきた。筋骨隆々、見た目からして強そうですね。日焼けした肌が眩しいです。
「待たせてすまないな。ガザーク家当主、アレグリオだ」
「ルナシア・ホロウ・ファブラスと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ふむ、お前がそうか。噂通り、まだ子どもなのだな」
見た目はそうですね。心の中で何度目か分からないツッコミを入れておいた。
アレグリオ様を交えて、お茶会がはじまった。はじめは普通のお茶会だったんだよ、いやマナーを気にしすぎて味がいまいち分からなかったけどね? 絶対いい茶葉なのに勿体ないことをした。
そう、はじめはよかった。でも、途中で話がまずい方にいっちゃったんだよね。
「ところでーーホロウといえば、天才と名高い魔導士の称号だ。しかし、儂は直接ホロウを戴いた魔導士と戦ったことがなくてな。どうだ、儂と模擬戦をしてみんか?」
それを聞いて、私は口に含んでいた紅茶を慌てて飲み込む。吹き出したりはしないよ、勿体ないから。
それにしても、血の気が多いって本当だったんだね。五歳児に挑むおじさんって、なかなか凄い絵面だと思う。
「父上、何を……」
「お待ちください。ホロウを戴いたとはいえ、お嬢様はまだ五歳。今回はご遠慮願います」
立ち上がったリトランデ様より早く、ガザーク家当主に異を唱えたのはイディオだった。他の二人は冷静でよかったよ。
一旦は引いたかと思われたが、アレグリオ様の標的が移動しただけだった。
「ふぅむ……では、お前はどうだ? その子の従者として遣わされたのだろう。どれほどの強者か気になるではないか」
「えっ、俺……私ですか?」
急に話を振られたイディオが自分を指差す。アレグリオ様は椅子に深く座り直した。
「ファブラス家の当主はいつになっても顔を出さん。ファブラス家もガザーク家と同じく、エルメラド王国の防衛を任されている。だが、果たしてそれに見合うだけの実力を持っているのか疑問に思っていた。力のないことが明るみに出るのを恐れて出てこないだけではないのか?」
「ご当主の実力は本物です」
アレグリオ様の言葉に、イディオがすかさず反論した。低い声に思わずびくっとしてしまう。顔からは笑顔が消えていた。
「分かりました。そこまで言われたら逃げるわけにはいきません。ファブラス家の威信に関わりますからね」
お養父様のことを出されて、引くに引けなくなっちゃったのかな。イディオ、お養父様のこと何だかんだで尊敬してたもんね。
私は実際にお養父の力がどれほどのものか見たことはないけど、他の魔導士たちの様子を見ていると相当なんだろうと思う。宮廷魔導士へのお誘いも何度かきてるって話だからね。
「イディオ、無理しなくていいんだよ? 私がやるから……」
イディオ、あまり戦いたくなさそうだったのに。無理してまで戦わなきゃいけないなら、私が代わる。元々は私への挑戦状だったんだから。
「いいえ、俺がやります。お嬢様なら勝てちゃうかもしれませんが、今回は見ていてください。あなたを守ることが、俺の役目ですから」
私と話す時のイディオは優しい顔をしていた。内心穏やかじゃないはずなのに、そういうところ凄いと思うよ。
「俺に勝利を、小さな女神様」
「私は女神様じゃないよ……危険だと思ったらすぐ逃げてね」
お養父様が認めているんだから、イディオの実力だって相当だろう。でも、武術を極めた一族であるガザーク家の当主を相手にして、模擬戦とはいえ無事でいられる保証はない。
不安は拭い去れないまま、私たちは屋敷の一角にある訓練場へと移動した。




