34 宮廷魔導士(リトランデ視点)
グランの側近として仕え始めてから、学園の方に顔を出す機会も減っていた。
しかし、今日は大事な用があって来た。陛下の印が押された書類をもって、訓練場へと向かう。
一歩中に入れば、勇ましいかけ声と共に、未来を担う頼もしくもまだ若い学生たちが訓練に励んでいる姿が目に入った。
懐かしく思いながら見ていると、弟がこちらに気がついて駆け寄って来た。ちょうどよいと思い、呼んできてもらいたい者の名前を挙げる。
すぐさま駆けていき、目的の人物へと声をかける。
「エルさん、兄上が呼んでいます」
「リトランデ様が?」
首を傾げながら、弟に連れられてエルがやってきた。彼女とまともに話すのも久しぶりだ。
ルナシアが絡まなければ、至って冷静な彼女の姿に、本当に同一人物なのだろうかと疑いの目を向けたくなってしまう。
「お久しぶりです。こちらにいらっしゃるのは珍しいですね」
「君に渡したいものがあってな」
書類を渡せば、エルの耳がピンと立った。
「これは……宮廷騎士の推薦状!」
「もちろん受け取ってくれるだろ?」
「ええ、それはもちろん。でも、どうして私に?」
「どうしても何も、君以外に誰を推薦するっていうんだよ」
今や、この学園には右に出る者がいない。加えて、宮廷騎士たちですら彼女に勝てるかどうか。この逸材を逃す方がどうかしている。
「アルには悪いけどな」
ふっ、と弟の顔が浮かんだが、アルランデは首を横に振った。
「いえ、エルさんの推薦を認めないやつは、ここには存在しないと思いますよ」
さっぱりとした表情で、アルランデは応えた。
エルと同じく、宮廷騎士を目指すアルランデにとっても、推薦状は大きな意味をもつものだ。まして、騎士の名門ガザーク伯爵家の出身となれば、宮廷騎士にならなくてはならないという重圧もあるだろう。
しかし、妬みなど一切感じられない顔で、アルランデはエルの推薦を心から賞賛した。
「おめでとうございます、エルさん。僕は試験を受けてみないことには分かりませんが、必ず合格します。合格して、またエルさんと一緒に訓練がしたい」
「ありがとうございます、アルランデ様。その日に向けて、より一層鍛錬をしておきますね」
「どこまでも突き詰める姿勢、流石です。僕も負けませんよ!」
弟の心配は無用だったな、と俺は胸を撫で下ろす。
「ガザーク伯爵家の人間として、お前は全力で試験に臨め」
「はい、兄上! 必ず最高の成績を修めてみせます」
昔から素直で熱血漢。ガザーク伯爵家の血筋であることを体現しているような弟だ。
こうしてはいられない、とアルランデは足早に訓練へと戻って行った。
「ルナシアの方も、宮廷魔導士の推薦状をもらっているはずだ」
かの宮廷魔導士がルナシアを推薦した話は、俺の耳にも届いていた。
ピクリ、とエルの耳が反応する。
「そうですか……ルナシアさんなら、そうだろうと思っていましたが。やはり、こればかりは変えられない運命なんですね」
「彼女自身が望んだことだ。俺たちが容易に口を出せる問題ではないさ」
もっと暴れるかと思ったが、今日の彼女は大人しかった。
「ルナシアさんとは、少し前に進路の話をしたんです。宮廷魔導士としての道を諦めることはないと言っていました。それなら、私はルナシアさんを騎士として全力でお守りするまで」
「そうか。でも、ルナシアを守りたいと思っているのは、君だけではないからな」
今度こそ、魔王から世界を守る。世界を守ろうとしている彼女を救う。
グランも、エルも、俺も、この先の未来に起こることを知っている者たちはみんな、変えたいんだ。あの悲劇の日を。
そのために、今度こそ力を合わせて戦おう。
かつての戦友たちと、再び固い約束を交わすのだった。




