7 料理人急募(レオ視点)
アタシの料理を美味しいって言ってくれたのは、あの子くらいだったかもしれないわね。
自分でも信じられないけど、アタシは二度目の人生を送っている。生まれ変わったわけじゃなくて、紛れもなく一度終わったはずの自分の人生を繰り返している状況。過去に時間が巻き戻った感じかしら。
時間が戻る前のアタシは、間違いなく死んだ。世界中に魔獣たちが溢れかえって、そいつらに呆気なくやられて終わった。
それなのに、気づいたら見慣れたヴェルデ領の市場で食品の買い出ししてたんだから驚いたわよね。そう、本当に何がきっかけなのか分からないけど、ふっと思い出したの、今までの記憶を。
自分の置かれた状況も整理したいし、とりあえず買い出しだけ済ませて実家に戻ろうとした。
その帰りに、ファブラス家で料理人を募集してるって貼り紙を見たのよね。
採用試験は、書類選考と実技の調理。実技の方の審査員は、新しく養子として迎え入れられたっていうお嬢様、か。
そういえば、ファブラス家に来たお嬢様って確かーー。
いてもたってもいられず、ダッシュで帰宅したわ。だって、迎え入れられた女の子は最年少のホロウだって噂になっていたんだもの。そんなの、アタシの記憶が正しければあの子しか、宮廷魔導士ルナシア・ホロウ・シャルティルしかいないじゃない!
でも、あの子がファブラス家の養子だったなんて事実はなかったはずだし……確かめるには、やっぱりこの試験を受けて、実際に会ってみるしかない。
記憶と少し違ってはいるけど、これが本当にあの子なら、チャンスじゃない。
アタシはまだ、あの子にお礼ができていないのよ。
「何度も言うようだが、王都に行って自分の店持ちたいとか、簡単に言ってんじゃねぇぞ」
帰宅して早々、厨房に立つ父から小言をもらう。記憶を取り戻したアタシにとっては苦い思い出ね。
アタシの実家は小さいながらもそこそこ繁盛している大衆食堂で、父が切り盛りしていた。母はアタシが小さい時に亡くなっているので、物心ついた時にはアタシが父の手伝いとして働いていた。
料理は大好きだし、それが嫌だとは思わなかった。
でも、小さい頃から店に立ってたから変に自信を持ってて、思い上がっちゃったのよね。自分はこんな田舎の食堂じゃなくて、王都で華々しく成功するんだって。その後の末路が分かる今となっては恥ずかしい限りよ。
甘くみるなって何度も忠告してくれた父を無視して、二十歳の時に家出して、何とかお金を貯めて小さいながらも自分の店を構えた。
結論から言うと、父の忠告は正しかった。自分の料理の腕なんて、全然自慢できるものじゃなくて。たまに来てくれるお客さんにも、満足させられるだけの料理は作れなかった。
客足は途絶え、店の存続が難しくなった。これ以上続けても借金が膨らむばかりだ。そうなって初めて、父の偉大さを知ったのよね。
でもね、最後の最後にいいこともあったの。
「その話は保留にするわ。アタシ、ファブラス家の料理人として働くことに決めたから」
「はぁ!? てか、その話し方……」
買ってきた食材の入った紙袋を押し付け、アタシは宣言した。
ああ、この頃はまだ「オレ」とか言って本性を隠してたわね。ああもう、いいわよ。本気でぶつかるのに気にしてられないわ。
「自分を偽るのはやめたのよ。人生なんて、いつ終わるか分からない。やれるだけやってやるわ」
「ファブラス家の料理人っていっても、あの募集かかってたやつだろ? まだ正式に採用されたわけでもないのに、デカい口叩くんじゃねぇ」
「そうね。もし採用されなかったら、アンタに頭下げてでも弟子入りさせてもらうわよ」
「お前、本当に今日はどうしちまったんだ……? 口が裂けても、オレに弟子入りするなんて言うやつじゃなかったろ」
「悔しいけど、アタシの腕はまだまだよ。料理に関してだけは、アンタのこと尊敬してるんだから」
今更意地を張ったところで何もいいことはない。
正直、採用になるとは思っていないが、あの子に会える機会なんて、これを逃したらもうないかもしれない。
アタシは料理が好き。大好き。それなのに、王都で成功したいとか余計な考えを持ち始めたのがいけなかった。
本当に求めていたのは、アタシの作った料理を食べてくれる人の笑顔だったはずなんだもの。
その気持ちを思い出させてくれた、アタシにまだ料理を好きでいさせてくれたあの子に、どうしてもお礼が言いたい。
「はぁ……そこまで言うならやってみろ」
頑固な父を勢いで押し切り、ファブラス家へ書類を提出した。
ダメ元ではあったが、書類選考を通過。実技試験に挑戦する機会を得た。
集められたのはアタシを含めて三人。他の二人はかなりの経験者のようだった。
そこに萎縮もしたけど、それよりもアタシの目を釘付けにしたのはあの子の存在だった。
やっぱり、小さいけどあのルナシアちゃんで間違いないだろう。あまりに凝視していたので、周りの会話はあまり頭に入ってこなかった。
ルナシアちゃんは、アタシが王都で店を出していた時、それももう次の日には店を畳もうと思っていた時にやってきた、最後のお客様だった。
なんでこんな寂れた店にホロウを戴くような魔導士様が、って驚いたのを覚えている。最年少のホロウとしても有名人なのに、のちに宮廷魔導士にまで上り詰めるほどの人だったからね。強烈に記憶に残っているわ。
おすすめをお願いします、そう言われてアタシが作ったのはオムライスだった。父親直伝の一番の得意料理だったけど、反抗していたアタシはそれをメニューから外していた。それなのに、その時は出しちゃったのよねぇ。
「おいしい!」
そう言って、あの子は笑ったわ。その時のアタシは複雑な心境でろくな返しもできなかったけど、今までのこと全部がどうでもよくなるくらい、嬉しかった。
結局、店は畳むしかなかったけど、あの子のことだけは、ずっと頭に残っていた。
だから、懐かしかった。ファブラス家のお屋敷で、小さいあの子が同じように笑ってくれたのが。
アタシのお店に来てくれたあの子とは違うあの子なのかもしれないけれど、ようやく言えた。ありがとう、って。どんなルナシアちゃんでも、アタシの料理を食べて美味しいって言葉をかけてくれるのは変わらないのね。
「合格したわよ」
「そうか」
父に報告したが、いつも通り素っ気ない。
「オムライス、お嬢様が美味しいって言ってくれたわ」
今も、以前も。アタシに希望をくれるのはその料理だった。
「それだけはアンタに認めてもらえた料理だから。今のアタシにできる一番のものを作ったのよ」
それを聞いて一瞬、父の手が止まった。だが、すぐまた食材の下準備に戻る。
「アタシなんかより何倍も上手くて、経験も豊富な料理人たちが一緒に採用されたわ。お屋敷に行ってからは、彼らに色々と教えてもらうつもりよ」
今回は、自分の力を過信しないで、吸収できるものは何でも吸収する。あの子を喜ばせる料理を作ってみせるわ。
「たまには顔を出すから、せいぜいアタシに追い越されないようにすることね」
「ふん、相変わらず口だけは達者だな」
「アンタの子だからね」
相変わらずの調子だけど、反対はされなかった。
見てなさい。今度は、オムライス以外でもアンタを認めさせる料理を作れるようになってみせるから。絶対、美味しいって言わせてやるんだからね!




