32 闇を抱えた男4
魔界の門が消えたという知らせを受け、レイ王国の人々は沸き立っていた。
久しぶりに帰還したレイディアント殿下は、英雄として迎えられた。
「ご帰還を心よりお待ち致しておりました、兄上」
国王としての姿はそこになく、ただの弟の顔でラディウス陛下は兄を迎えた。
兄の到着を知らされ、全力で向かってきたのだろう、息を切らしている。離れていた時間を取り戻すかのように、陛下は兄の姿じっと見つめていた。
「他ならぬ兄上の決めたことだと尊重しましたが、貴方のことを想わぬ日はありませんでした。私の力不足で、これほどまでに時間がかかってしまった……申し訳ありません」
「この国の王は、貴方です。一国の王が、そう畏るものではありません」
今にも泣きそうな弟を前にして、レイディアント殿下は膝を折った。
「おやめ下さい、兄上! 私は、貴方が帰ってくるまでの繋ぎでしかなかったのです。皆が望んでいたのはーー」
慌てて顔を上げさせようとしたラディウス陛下より早く動く者があった。
初めはラディウス様の臣下たち、続いて国民たちも。彼らはラディウス様に対して、頭を垂れた。
その様子を見た陛下は、言葉を失ったまましばらく立ち尽くしていた。
「なぜ……私は王の器ではないというのに」
「それを決めるのは貴方ではありません。これが、我々レイ王国の民の想いです」
レイディアント殿下が、国民たちの声を代弁する。
「僕がいなかった間、ラディ……お前はしっかり王様をやっていたんだよ」
困惑する弟にそう声をかける殿下は、兄の顔に戻っていた。
即位した当時は、ラディウス陛下を認められない国民たちも多かったのかもしれない。でも、十年近くの年月を経て、彼が行ってきたことは、人々にちゃんと届いていたのだ。
国民たちの想いを知った陛下は、ぐっと拳を握りしめ、唇を噛んだ。
ざっと国民たちを見渡した後、大きく息を吸い込む。
「皆、この長い年月をよくぞ耐え抜いてくれた。国を代表して礼を言おう」
ラディウス陛下の声が響く。
その言葉を、みんな頭を下げたまま静かに聞いていた。
レイディアント殿下も同じように頭を下げ、敬意を払っている。今度は、ラディウス陛下も何も言わなかった。
自他ともに、彼がこの国の王だと認めた瞬間だった。
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「異国の地のホロウ、ルナシア。改めて感謝したい。長年我々を苦しめてきた魔界の門を消し去ってくれて、ありがとう」
「皆の力があったから、成し遂げられたことです」
人々が歓喜に沸き立ち、城下町では宴が開かれている。
そんな中、私たちエルメラド王国の人間は玉座の間に呼ばれていた。長年悩まされていた問題が解決したためか、目に見えてラディウス様の表情は明るくなっていた。
この国の大恩人であるからと様々なお礼を提案されたが、私もグランディール様も首を横に振った。
私は同じホロウとしてレイディアント殿下と話ができればいいし、グランディール様もレイ王国と友好関係を結ぶという当初の目的が果たせただけで十分だということで丁重にお断りした。
「長らく国を離れていたので、そろそろ戻らねばと思っております」
グランディール様の言葉で、どれくらいエルメラド王国を離れていただろうかとはっと思い返す。エル、心配してるだろうなぁ……。
レイディアント殿下とも話をしたかったけど、本当に久しぶりに帰還した英雄はあちこちに呼ばれて熱い歓迎を受けていた。私と話す時間が十分にとれるのはもう少し先になるだろう。
「ホロウを授かった者同士、今度またゆっくり話をしよう。僕たちなら魔法でいつでもやり取りできる、焦ることはないさ」
確かに、瞬間移動で行き来することも、連絡を取り合うことも、私とレイディアント殿下ならばいつでも可能である。
陛下の後ろに控えていた殿下は、私の言いたいことを察してくれたように微笑んだ。
「レイディアント殿下の言う通り、焦ることはない。今は私と一緒に帰ろう」
ぐい、とグランディール様に肩を引き寄せられ、思わず彼の顔を見上げる。
返事を待っているように見つめられ、慌てて頷いた。何だろう、意識するようになったからか少し恥ずかしい……。
その様子を見ていたラディウス様は目をパチクリとさせ、レイディアント殿下は苦笑いを浮かべるのだった。
目的を達成した私たちは、一旦帰国した。
私たちは私たちで、エルメラド王国で待っていたエルたちから歓迎という名の質問攻めにあった。
この一件以降、エルメラド王国とレイ王国は友好関係にある。
かつて滅んだ世界の記憶がある私たちにとっては、この友好に打算的な考えがあったのも確かだ。
魔王が現れるまで、あと二年ほど。
今度こそ、あの悲劇を止めてみせる。時間が巻き戻り、再びチャンスが与えられた今。そう何度も奇跡は起こらないと分かっているからこそ、失敗は許されない。
でも、一人で戦っているわけではないから。グランディール様たちがいるから、不思議と不安と恐怖は薄れている。
あの日、止まってしまった時間を動かすために。あるはずだった未来をみんなで見るために。
今を全力で駆け抜けるしかないのだ。




