31 魔界の門2
どうして。どうして、彼の口からその言葉が出てきたのだろうか。
何も言えずに固まっている私を見て、グランディール様の表情が曇る。
「その反応を見るに、君も覚えているのだろう?」
ああ、何で考えなかったんだろう。世界崩壊の日の記憶を持っている人が、私以外にもいるという可能性を。
グランディール様は、どれくらい覚えているのだろう。いつから知っていたのだろう。
「どうして……いつから、それを?」
「君に出会った瞬間、すべて思い出したんだ」
木から下りることのできなくなっていた彼を助けた日。以前の世界でも、今回の世界でも、私と彼の出会いはそこから始まった。
あの日から、グランディール様もいずれ現れるであろう魔王のことを考えながら生きてきたのだろうか。
私がちゃんと魔王を倒すことができていれば。再び魔王と相対する恐怖を、グランディール様に味わわせることはなかったはずだ。
「全部、覚えているのですか?」
「ああ……君が私の手の中で眠りにつくところまで見届けた」
「あれは、グランディール様だったのですね」
感覚を失いつつあった体が、ほのかに感じた温かさを覚えている。もうすぐ世界が終わるというのに、私を抱き起こし、気にかけてくれた優しい誰か。あなただったんですね。
自然と口から言葉が零れる。
「私は……私は、私が愛するこの国の未来を、大切な人たちを守りたかっただけなんです。でも、以前の私では叶わなかった。ごめんなさい……何も守れなくて、本当にごめんなさい……」
謝ったからといって、過去が変わるわけではない。それでも、あの時のことを知っている人がいると思ったら、謝らずにはいられなかった。
世界崩壊の日の記憶が蘇る。それと同時に感情が溢れだして、涙が止まらなくなった。
「ごめんなさい、泣いている場合じゃないのに……」
「謝らなくていい。私たちが君に謝罪することはあっても、君が謝る必要なんてどこにもない」
その言葉があまりにも優しくて、余計に涙が止まらない。おかしいな……今までこんな気持ちになったことなかったのに。
「今までずっと、独りで背負ってきたんだな」
すっ、とグランディール様が指で涙を拭ってくれる。遠慮がちに触れた手は、とても温かかった。
「もう二度と、君だけに世界は背負わせない」
まっすぐ私を見つめるエメラルドグリーンの瞳は、確かな覚悟を宿していた。
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「落ち着いたか?」
「はい、ご心配をおかけしました」
私が泣き止むのを待ってから、グランディール様は色々と教えてくれた。
崩壊した世界の記憶を持っているのは、私とグランディール様だけではないこと。打倒魔王に向けて、前々から準備してきたことなど。
自分以外にも魔王のことを知っている人がいるとは思っていなかったため、彼の話には驚かされることばかりだった。
しかし、冷静になって考えてみると、エルやリトランデ様のこれまでの行動は、記憶があったからこそのものだったのだと納得する。
「どうして今まで話してくださらなかったのですか?」
「君も覚えているという確信がなかった。もし君に記憶がなかったとして、迂闊に魔王のことを話して興味を持たれては困ると考えていたんだ」
「なぜですか?」
「絶対に首を突っ込んだだろう?」
否定できずに、うっと唸ってしまう。これまでの私の行動を思い返せば明らかですもんね。
「では、どうして今その話を私にしたのですか?」
「君が魔王のことを知っていても、いなくても。魔王に世界が滅ぼされるような状況になれば、隠しても、止めても君は行くだろうと、これまでの行動を見ていて思ったからだ。それなら先に話しておいた方が、こちらも心構えができるからね」
あはは……よく分かっていらっしゃる。私への対処にも慣れてきましたね。
かつての記憶があったことも踏まえれば、三十年近くの付き合いになるだろうか。改めて数えてみると、随分と長い年月だ。
「どれだけ止めても、君は皆を助けるために動くだろう。それを禁止するわけじゃない。でも、我々の心の安定のためにも、これ以上何の相談もなしに危険な行動をするのは控えること。いいね?」
「分かりました」
止められても、私は私の生き方を簡単には変えられなかっただろう。私の身を案じてくれつつも、その行動すべてを制限するわけではない。今回のグランディール様の言葉には、素直に返事をすることができた。
「レイ王国のホロウを助けようと思ったのは、記憶があったからか?」
「はい。初めは、魔王討伐の時に力を貸してもらえるのではないかという打算的な考えでした。でも、ラディウス陛下のお話を聞いてからは、魔王の件がなくても助けたいと思うようになりました」
そう答えると、グランディール様は頷く。
「私も、レイ王国と友好を結ぶのには打算的な考えがあった。だが、今はそれだけでもない。無茶はもちろんさせられないが――」
「十分に気をつけながら陛下のお兄さんを助けましょう。作戦、一緒に考えてくださいますよね?」
「ああ、もちろんだ」
そう問えば、とても嬉しそうにグランディール様は笑うのだった。




