30 光の王国(グランディール視点)
ルナシアたちと別れた後、私はラディウス陛下と夕食を共にしていた。
レイ王国の郷土料理なのか、エルメラド王国では見たことのない料理が出される。中でも、白くもちもちとした食感の穀物は様々な食材と相性がいいようだ。
友好が結べたら、エルメラド王国にも取り寄せてみようか。ルナシアも今頃これと似た料理を食べているだろうが、彼女のことだ。きっと幸せそうな顔をしているに違いない。
「彼女は、貴殿にとって大切な人なのだろう?」
酒の入ったグラスを傾けながら、陛下はそう聞いてきた。思わぬ問いかけに、危うく食べていたものを喉につまらせそうになる。
「どうしてそう思われたのですか?」
「私はこんなだから、敵も多い。人一倍、他者の行動や心の動きに敏感なんだ」
「……敵いませんね」
見抜かれるほど、私の態度は分かりやすかっただろうか。いや、陛下の洞察力が優れていただけだろう。
「彼女は私の婚約者候補なんです」
「候補? まだ正式な婚約者ではないのか」
「色々と事情がありまして」
言葉を濁さなくてはならないのが心苦しい。彼女は私の婚約者だと言い切ることができれば、どんなにいいか。
覚悟の足りなさに情けなくなる。
彼女を婚約者として迎えるには、超えなくてはならない壁がいくつかある。
ひとつは、彼女から自由を奪ってしまう責任を負うこと。
ひとつは、自分を慕ってくれるアミリアに別れを告げること。
ひとつは、魔王を倒し、ルナシアも失わないこと。
そして、もしそれらがクリアできたとしても、彼女の気持ちが私に向いていなくては始まらない。
婚約者候補になってくれたのだから、少しなりとも私に興味を持ってくれていると思いたいが、彼女はいつもどこか違うところを見ている気がする。
それが特定の誰かというわけではなく、見えないずっと先を向いているような。言いようのない不安に駆られることがある。
ルナシアにも私たちと同じように、以前の世界での記憶があるのではないか。魔王のことを覚えている人同士で集まった際、その疑問が挙げられた。
これまでの彼女の行動を見ていても、その可能性は十分あるように思える。
元々の彼女のお人好しな性格のこともあるのでそうとも言い切れないが、まるでこれから起こることを分かって行動しているような節が、よくよく考えれば子どもの頃からあったのだ。
だが、もし魔王のことなど知らなかったら。
迂闊にその単語を出してしまえば、ほぼ確実に彼女は首を突っ込もうとするだろう。それが恐ろしかった。
しかし、たとえ彼女が魔王について知っていても、知らなくても。
彼女のーーホロウの力なくして、魔王に打ち勝つことなどできるのか。ヴァールハイト皇子にも指摘されたことだ。
もしレイ王国のホロウの力を借りることができれば。
兄を助けたいと思うラディウス陛下には申し訳ないが、もう一人のホロウがいるという話を聞いてから期待してしまっている自分がいた。
ホロウは、いわゆる天才である証だ。たった一人の力でも、国や世界を動かすだけの力がある。
エルメラド王国先代のホロウ、大魔導士ヴァンも、その一生を魔獣の研究に費やし、今を生きる私たちにとって計り知れない財産を残した。
父上は重責を感じさせないように配慮なさっているが、ルナシアがホロウである以上、それ相応の行動を期待され求められるだろう。
もしもう一人ホロウがいるならば、魔王が現れた時に力になってくれるのではないか。
今回の訪問は純粋な善意からくるものではなく、打算的な考えがあった。
こんなことを考えていると知られれば、ラディウス陛下も黙っていないだろう。だから、まだ話せない。
来たる日のために私にできることは、確実にレイ王国と友好を結び協力関係になることだ。
渦巻く感情を悟られぬよう隠しながら、陛下に婚約者や妃はいないのかと尋ねる。ここまで、彼の周りにはそういった女性の影が見当たらなかった。
その問いに、陛下は少し困ったように眉を下げる。
「私に後継がいては、何かと面倒になるだろう」
「兄君が戻られたら、王位を譲るおつもりなのですか?」
「それを国民も望んでいる。もちろん私も」
果たしてそれはどうだろうか。
確かに、十年前はラディウス陛下よりその兄の方が王として望まれていたのかもしれない。
しかし、十年という時は大きい。陛下が王として行ってきたことは、国民たちにも届いているはずだ。そうでなければ、あれほど国民たちが穏やかな顔で生活してはいないだろう。
それに、護衛たちが私たちを前に陛下を一人にするのを躊躇っていたのは、決して形式ばかりの態度ではなかった。
だが、私がそれをいくら説明したところで、素直に受け取ってはもらえないだろう。陛下の中で兄の存在はそれほど大きく、これまで陛下が置かれていた状況は厳しいものだったのだろうから。
「とても兄想いなのですね」
「レイディが……レイディアントがよい兄だったからな。それを慕わない弟などいないだろう」
「送り出す時は……さぞ辛かったでしょうね」
「だいぶ止めたのだが、一度決めたことは曲げない方だからな。この十年、私は待つことしかできなかったが、片時も兄のことを忘れたことはない」
だが、寂しげな表情はするものの、後悔はしていないようだった。
「それでも私は兄の選択を尊重したい。たとえそれがどんな結末になろうとも」
「……もしも、ですが。最悪の結末になる可能性が高いと分かっていても、それでも意見を尊重したと思いますか?」
「ああ、しただろうな。血が繋がっていようと、結局は他人なんだ。決めるのは本人。その責任は誰かが代わりに負えるものではない」
陛下は即答する。
「他人の行動すべてを思い通りにしようなんて、それは傲慢にも程がある」
ルナシアにとっての最善は何なのだろうか。
陛下の言葉を聞きながら、私はまた頭を悩ませるのだった。




