28 宝石と令嬢3
「遠くへ行く前に、追いかけてきます」
「ルナだけで行って何かあったら大変だよ! 二人共、お願いできないかな?」
距離をとりつつ、グレース様には護衛の騎士が二名ついてきている。今は店内の壁際に立っているが、その二人の方をグレース様が見やれば騎士たちは顔を見合わせて困った顔をした。
それはそうだ、本来なら主人を守るために遣わされている。グレース様の元を離れるわけにはいかないだろう。
「殿下から護衛を引き離すわけには参りません。私の従者に追わせましょう」
「でも、それじゃあアミリアが……」
「どうか私のことはお気になさらず。あの不届き者に鉄槌を下してやるまでは、この怒りも収まりそうにありませんので」
何だかアミリア様の背後にメラメラと炎が立ち上っているような気がするね。絶対に逃がさないという強い意志を感じる。
「本当なら私が直接捕まえたいところですが、残念ながら足手まといにしかなりません。ですから、せめて私の手足である私の従者に任せます」
パンパン、とアミリア様が手を打ち鳴らすと、どこからともなくいつも彼女の傍にいる従者の女性ーーミアさんが現れた。学園でもよく顔を合わせており、アミリア様相手にも臆さず意見できる人だ。
「お嬢様、人遣いが荒いと思うのですが」
「お黙りなさい。主人の要望を叶えるのがあなたたちの仕事でしょう」
「私だって特殊訓練を受けているわけではないのですよ。仕方がありませんから、今回は我儘に付き合って差し上げますけど」
「まったく口が達者になりましたわね!」
「お嬢様のお陰でございます」
そのやり取りを呆気にとられながら見ていると、話し終わった(アミリア様はまだ怒っているようだけど)のかミアさんが私の前にやってきて頭を下げた。
「私がご一緒してもお役に立てるかは分かりませんが、ファブラス伯爵家のお嬢様にはうちのお嬢様がいつもお世話になっておりますから。精一杯お手伝いさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「では、早速出発しましょうか。私が留守の間、アミリアお嬢様をよろしくお願い致します」
必ず捕まえてきなさい! というアミリア様の激励を受けながら、私とミアさんは宝石を売りに来た男と鑑定士の男を追った。
「やっぱりというか、同じ方向から二人の魔力を感じますね」
男たちの魔力を辿っていくと、二つの魔力が同じ場所に向かって動いているのが分かった。
「どこに向かっているのですか?」
「宝石店とは反対側ーー西区の方ですね」
「西区ですか……あの辺りは閑散としていて人通りも少ないので、公には知られたくないやり取りをするにはうってつけでしょうね」
商業区からも住宅街からも離れた西区は、宮廷騎士たちが定期的に見回りを行なっているものの手薄になりがちなため、巡回の目を掻い潜りよからぬことをしている輩がいると聞いたことがある。
「この辺りのはずなんですが」
宝石を売りにきたという男の魔力が近くで感じられる。この辺りにいるのは間違いない。
「お嬢様、あちらに」
ミアさんの指差す方を見れば、廃墟の壊れた窓から中に人がいるのが見えた。うん、あの人だ。ミアさんに合図し、隣の建物の陰に身を潜める。
しばらく様子を窺っていると、鑑定士らしき男が合流した。魔力も、アミリア様たちから聞いていた風貌とも一致する。
「あの二人で間違いありません」
声を潜めて、ミアさんに耳打ちする。
お互いに軽く頷き合い、物音を立てないように廃墟に近づき男たちの会話に耳を澄ませた。
「まったく、あのお嬢様には参ったもんだぜ。偽物だなんて喚きやがってよ。ま、少しばかり偽物を混ぜ込んでるのは間違いねぇが」
「鑑定士のお前が本物だって言ってるんだ。本物で間違いないんだよ」
「ははっ、違いねぇ。それにしても、あの店主も甘いなぁ。偽装された鑑定士の資格証明証を信じるんだから」
「あーあ、せっかくいい金づるだったのに、そろそろ潮時だな」
男たちの会話から、やはり予想通りだったことが窺えた。証拠として、集音魔法で会話を記録しておく。
報酬の話だとか、自分たちを雇った別の存在がいることとか、証拠になりそうな情報を思いのほかたくさん暴露してくれた。
もうそろそろ十分か、というところで廃墟に乗り込み捕縛を試みる。
こんなところに人がいるとは思っていなかったのか、あからさまにギョッとした表情を浮かべていた。
男たちの悪事を知っていることを明かし、自首する気はないかと尋ねる。
「はっ、適当なこと抜かしやがって。俺たちの話を聞いただぁ? お前たちは仲間なんだろ? 口裏を合わせれば何とだって言えるさ」
宝石を売りにきた男はとぼけようとするが、鑑定士の男は私が騒ぎを聞きつけてあの宝石店にいたことを店のバックヤードからでも眺めていたのだろう。青ざめて口をぱくぱくさせている。
いくらとぼけようが、こちらには証拠がたくさん揃っている。どう足掻いても逃げられはしないのだが。
「聞いただけで証拠になるかよ。子どもが知ったような口聞いてるんじゃねぇぞ。さもなくばーー」
「さもなくば?」
「言わねぇと分からないか?」
やめとけ、と制止する鑑定士の男の忠告も聞かず、ボキボキと指を鳴らしている。
なるべく手は出したくなかったんだけど、そっちがやる気なら正当防衛はさせてもらわないとね。子ども扱いされたのもちょっとムッとしたし。……まぁ、見た目は子どもだけど。
いよいよ拳が飛んでくるか、と構えたところで声がかかった。
「残念、僕も聞いてたから証人になれるよ。この子たちとは何の関係もない、第三者としてね」
「誰だテメェ」
声の主は、私たちの後ろから歩いてきた。
初対面、のはずなんだけど、どこか見覚えのあるような……。時間が巻き戻る以前に、どこかで会っていたのだろうか。
癖のある赤毛を後ろで一つに束ねた細身の男性は、こちらにウインクすると微笑みを浮かべたまま男たちに向き直る。
「ただの通りすがりの旅の商人さ。商売敵が少なそうなこの地区で露店を開こうと思ってたんだけど……君たちみたいな不穏な輩がいちゃ、安心して商売もできないからね。捕縛に協力するよ」
「澄ました顔しやがって、この……っ!」
激昂した宝石売りの男が、商人に殴りかかる。危ない、と止めに入ろうとした私より早く、誰かが上から降ってきた。
宝石売りの男に見事な蹴りが入り、近くにいた鑑定士の男を巻き込んで吹っ飛ぶ。
「……」
「煩いってさ」
空から降ってきた女性は、結い上げた金の髪を揺らしてストッと軽やかに着地すると、商人の男を守るように前に立った。
暖かくなってきた季節に合わず、首元から膝まで隠れる外套を着込んでいるのは、防護のためだろうか。身のこなしや、商人の男に対する態度から用心棒だと思われた。旅の商人には危険がつきものだ。安全に商品を運ぶためにも、用心棒を雇うことは珍しくない。
王族をはじめとして、整った顔の人たちに囲まれている私の目から見ても、かなり端正な顔立ちをしている。
「ありがとうございます、色々と助かりました」
証拠はこちらでも押さえているが、第三者の証言もあれば言い逃れはできないだろう。
「いいよいいよ、気にしないで。たまたま通りかかっただけだし。僕はアドラ。こっちの無口なのはファルコ。世界中を旅しながら商売をしてるんだ。僕たちはちゃんと王様から許可をもらって商売してるからね」
ぴらっ、と許可証が差し出される。確かに、この国で商売することを許可する書類に陛下の印が押されていた。
「これは本物だからね?」
「……」
「えっ、強調するのが逆に嘘くさいって? 参ったなぁ」
ファルコはアドラの方をじっと見ていただけなのだが、何を言わんとしているのか分かったように受け答えしている。
うん、やっぱり名前に聞き覚えはないんだけど、この二人の顔は知っている気がする。どこで見たんだったかなぁ。
ついつい考え込んでしまったが、こちらも自己紹介がまだだったことを思い出す。
「私はルナシア・ホロウ・ファブラスです。こちらはこの人たちを捕まえるのを手伝ってくれたミアさん」
「ミアと申します。あまりお役には立てませんでしたが」
ギリギリと縄で男たちを締め上げながら、涼しい顔をしているミアさん。メイドさん、なんだよね?
何はともあれ、これでアミリア様も満足してくれるだろう。
「君のことはよく知ってるよ。大魔導士ヴァン様以来、約百年ぶりのホロウがエルメラド王国で誕生したって噂は広がってるからね。しかも、歴代でも一二を争う実力の持ち主だとか」
「誇張されてる気がしますけどね」
どういう風に噂が広がってるんだろう……だいぶ盛られてる気はするが。
「僕は旅の商人だけど、売ってるのは何も物だけじゃない。情報だって立派な商品になるんだよ。だから、自然と噂には敏感になっててね。情報は正確さが大事だから、誇張はしないように気をつけてるよ」
謙虚だねぇと、アドラは肩を竦めて苦笑する。
「ここで会ったのも何かの縁だし、君にとっておきの情報を教えてあげようか。安心して、料金はとらないから」
「何でしょうか?」
「それはねーー」
耳元で囁かれた言葉に、はっと息を飲む。
「まずはこの男たちをどうにかしないとだし、落ち着いたらまた会えるかな? 詳しい話は、またその時にでも」
私は即答していた。
まさか、知らなかった。それが本当なら、詳しい話を聞かなくては。
私以外にも、もう一人ホロウを戴いた魔導士が、今この時代にいるというのなら。




