聖女様は決断する
修二との二人っきりの昼食にのぞみと明がやってきた。のぞみの作ってきたのはサンドイッチだった。卵サンド、ハムサンド、ツナサンドなど美味しそうである。
修二がコーヒーを淹れ代えてくれ、明とのぞみの分も用意する。
「で、作業の様子はどうよ?」
のぞみが聞いてきた。
「うん、午後の早いうちには終わりそう。ね?」
杏は修二にも同意を求めた。
「うん、終わると思う」
「そしたらさ、終わったらどっか行こうよ。四人で」
のぞみが提案した。
「私、植物園行きたい」
杏の提案だがのぞみが却下した。
「冬場は閉園早いよ」
「そっか」
「日暮れも早いしね」
「うん」
女子の会話に修二が割り込んだ。
「院試のとき、大通公園行ったよね」
杏は院試後、修二と明と三人で大通公園に行ったことを思い出した。
「うん、トウキビおいしかった」
のぞみが反応する。
「なにそれ、私も食べたい。明くん、食べさせてよ」
「う? うん」
明は突然の攻撃に驚いている。しかし「うん」と言ってしまったから、のぞみは、
「よし! トウキビ目指してガンバロー!」
と盛り上がった。
いつもなら昼食後コーヒーでも飲みながら一服するのであるが、今日はトウキビという目標がある。のぞみと明も加わって、食べ終わるとすぐに作業にとりかかった。
四人がかりだから、作業はどんどん進む。のぞみも明もノートパソコンを持ってきている。それぞれが測定一回分のデータを受け持つ。
「じゃがバターもいいな」
明が突然言う。
「作業に集中しろよ」
修二が注意する。実は杏は明に賛同したかった。困ってのぞみの方を見ると、のぞみも同じだったような微妙な顔つきだ。
あっという間に作業は終わり、のぞみが元気よく立ち上がった。
「よーし! トウキビだ! じゃがバターだ!」
しっかり一品目増えていた。
「夕食に、ラーメンもいいな」
明の提案にのぞみは顔を輝かせているが、杏は自分のお腹周りが若干心配になった。
大通公園までは、地下鉄でも行けるし、地下街を通ってでも行ける。しかし杏は、
「歩いて行こうよ。札幌の秋を満喫しよ」
と提案した。札幌に来て八ヶ月ほど、まだ観光気分が抜けない杏である。ほとんどの時間を研究につぎ込んできたからである。ただし、半分はカロリーの消費のためである。自転車は大学においておくことにする。
理学部棟を出てみると、学内の木々は葉を散らせ始めている。空のグレー、木々の茶色見ようによっては物悲しい景色である。しかし杏のとなりには修二がいる。近くにはのぞみや明がいる。気温は低くとも、こころは暖かった。
さすがに学外は木の数は少ない。杏は大学正門から大通公園へと最短コースを選び、他の三人を導くように歩く。札幌駅前を通るのが普通だろうが、それは選ばなかった。日曜日であるから、人通りが多そうだからである。今、この四人の会話を楽しみたい。それは皆も同じようで、だれも異論を唱えない。
「ねぇ、ちょっと裏のこの通りでも、歩道広いね」
のぞみがはしゃいで言う。
「除雪のためかな?」
明が答えている。
その他の会話はほとんど食べ物の話だ。秋は鮭の季節でもある。どうしても魚関係の話題が多くなってしまうが、あまり魚が得意でない杏は相槌ばかりになってしまう。
大通公園につく少し前、杏の目にじゃがバターの屋台が入った。
「ほら、あそこにじゃがバターが!」
杏は思わず興奮して言ってしまったが、のぞみに反対された。
「ダメ、私の口はトウキビ!」
「えー、だってトウキビの店、どこ?」
「ほら、あそこ」
杏はのぞみの視力に感心した。
予定通り大通公園でトウキビとじゃがバターを食べ、少し歩いて味噌ラーメンも食べた。
味噌ラーメンを食べたあと、大通公園に戻る。もう真っ暗であるが、人通りは多い。冷たい風が心地よい。ベンチに座る。
「神崎さん、明日榊原先生に話そうと思うんだけど、いいかな?」
「そうだね、私も同席するわ」
ここで杏は少し悩む。測定がうまくいかなかった原因を作ったのは杏である。しかしデータを救ったのは修二である。謝罪するなら杏から話すべきだが、修二の功績を推すのならば修二が話せばよい。良心か、修二か。
杏は少し考えた。考えて決断した。
「修二くん、私から正直にデータが乱れた原因から話すわ。それで修二くんがやってくれたことを説明する」
「いいのかい?」
「うん」
榊原教授をはじめ、迷惑をかけた先生方のお怒りを考えると身がすくむ。しかし今後科学者として生きていくことを考えると、良心を捨てることはできない。
決断するとかえって心はすっきりとした。
気がつけば雪がちらつき始めていた。




