聖女様は謝罪する
杏は真相を話そうと覚悟を決めたが、まだ理学部棟玄関前だ。ここで話すわけにはいかない。
「どこいこっか?」
杏はのぞみに聞いてみたら、
「学内のカフェでいいんじゃない?」
とのこと。
「近くない?」
と抵抗してみたが、
「どうせこの時間、関係者誰もいないよ」
と返された。修二は、
「あそこならテーブルも大きいし、いいんじゃないかな」
と言うので、杏は素直に従った。
カフェまでの移動は五分くらいだが、その間、のぞみはうるさかった。
「聖女様、ね、どういうことよ」
「うん、カフェで話す」
カフェは幸い、空いていた。みなそれぞれコーヒーとか、カフェラテを頼む。杏は追加でプリンを4つ頼んだ。せめてのお詫びだ。
「私、おごるから」
と杏が言うとのぞみは、
「いよいよ怪しい」
という。
「で?」
とせかされるが、飲み物がくるまでと、杏は待たせる。なかなか話すきっかけがつかめない。
のぞみは腕を組んでだまっている。明は目をキラキラさせているが、修二は心配そうにしている。飲み物とプリンがそろったところで、杏は重い重い口を開いた。
「のぞみ、修二くん、今回は本当にもうしわけありませんでした。東海村での実験中、短時間ですが、ログインしました」
テーブルに平伏する。
続いて修二から、杏のログイン記録をのぞみにまわす。
「それで、こちらが普通にデータ処理したグラフ、こっちが私がログインしていた時間帯をのぞいたデータで作ったグラフです」
のぞみが息を呑むのが聞こえた。杏はまた平伏していたので表情は見えない。見れない。
平伏したまま言葉をつなぐ。
「どうしても、どうしても実験結果を早く知りたくて、つい、のぞいてしまいました」
「ふーん」
のぞみの声が聞こえた。しかし、言葉は続かない。杏もつぎの言葉が出せない。
しばらくして、のぞみが言い出した。
「ま、こんなこともあるかと思ってたよ」
呆れた声である。
「ほんと、ごめん」
「もう、いいよ。で、これ、自分で気づいたの?」
やっと杏は顔をあげ、説明した。
「いや、修二くんが気づいて、データ処理してくれた。SHELのシステムの人に特別にバックアップからデータをもらったりして、大変だったらしい」
「ふーん」
「で、問題は、これを先生たちにどう説明するかなんだけど」
「ふむ、そんなの正直に言うしか無いんじゃない?」
取り付く島がなかった。
沈黙が四人を覆う。
杏を救ったのは、せめてものお詫びと思って注文したプリンだった。
一口プリンを食べたのぞみは、諦めたように言った。
「仕方ないな、口裏をあわせよう」
「僕からも、お願いするよ」
修二も口添えしてくれる。ありがたい。
ふたたびしばらくの沈黙のあと、修二が言った。
「結局、ある特定の時間帯だけ謎のノイズが乗っていたということにして、押し切るしかないかな」
「そうしてもらえると助かる」
のぞみは、
「まあそうなんだけど、どうやってノイズが乗っている時間を割り出したか追求されたらどうする?」
と言う。もっともな疑問である。
「まあ、僕がSHELLのバックアップデータを細かく見て、ノイズの出ていない時間帯を探り出したとでも言うしかないかな?」
のぞみはさらに問う。
「本当にそれをやったとして、それにかかる作業時間って、どれくらい?」
「一回の測定に付き、数時間というところかな」
「聖女様の名誉を守るためにはさ、その作業、実際にやっといたほうが良くない?」
「そうかな?」
「だって、修二くん、そんな長時間、PCの前に座って作業してないでしょ。不自然だよ」
のぞみの言っているのは、実際の作業をしてアリバイを作れということだ。ここで杏が口をはさむ。
「その作業、私にやらせて。修二くん、そんな時間ないでしょ?」
「まぁ、日曜にでもやればいいかな」
「だけど、せっかくの休みが」
のぞみも、修二に賛成する。
「聖女様、それはだめだよ。そうすると発見したのが聖女様になっちゃって、修二くんの貢献が減るよ」
これ以上修二に迷惑をかけたくない杏としての意見を出す。
「それはさ、家からログインして作業したことにすれば」
ところが修二は、
「いや、細かいノウハウもあるからね。ちょっと簡単には伝えきれないかな」
などと言う。
なんと打開策を示したのはおじゃま虫の明だった。
「修二、日曜に出てやれば。聖女様はさ、日曜日榊原研で修二を手伝ってやってよ。それならお互い、ウィン・ウィンじゃない?」
日頃余計なことしか言わない明であったが、今日ばかりは杏は感謝した。
「明くん、関係ない研究の話だったけど、来てもらってよかったわ。ありがと」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。聖女効果も実証されたし、聖女項も発見できたし、この秋は実り多いな」
杏はもう、明に礼を言い足すことはなかった。ただし明には、のぞみの気持ちを考えたうえで発言してほしいと思う。




