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聖女様は星を見る

 目を覚ますとすでに日が傾いてきている。時計をみると三時半である。秋の北海道の日没は早い。布団を出てダイニングに行くと、男子も布団をひろげて雑魚寝している。杏は男子をまたいでキッチンに行き、米を研ぐことにした。五合用意する。

 ジャキッ、ジャキッという音をたてて米を研いでいると、修二が隣にやってきた。

「手伝うよ」

と言ってくれるが、

「ううん、食事は女子がやるよ。男子は望遠鏡とか用意して。私やると壊しちゃうから」

と言う。冗談とするためウィンクしてみるが、生まれて初めてのウィンクは顔面が歪んでしまった。修二が吹き出した。

 修二は雑魚寝の寝床に戻り、明を蹴っ飛ばした。

 

 のぞみはパエリアをつくると言う。杏がお米炊いちゃったというと、お米は夜食で食べるから大丈夫と言う。のぞみは夜食用に豚汁もつくるそうだ。食材はたくさんあるから、思いつきでいろいろとつくるのだろう。杏はちょっと心配になった。

「ね、のぞみ、いろいろ料理すると、星、見れないんじゃない?」

「大丈夫大丈夫、星はもちろん見せてもらう。だけど明くんの胃袋もつかんじゃうぞ!」


 真美食卓をセットしている。杏とのぞみが作っている内容をみて、食器棚から皿を選んでいる。

「料理は大皿にして、取皿があればいいか」

と聞いてきたので、のぞみは、

「いいと思う」

と返事した。杏はワインは赤しか買ってなかったことを思い出した。

「のぞみごめん、ワイン赤しかないや。パエリア、白のほうがいいでしょ」

「あ、夕食は飲まなくていいんじゃない? 星みるんだから」

「そっか」

 やっぱり今夜の主役はのぞみだな、と杏は思う。

 

 五時すぎ、パエリアも野菜炒めもできたので男子を呼んで夕食にする。簡単だがサラダもある。

 カサドンが冷蔵庫を開けるので真美が、

「飲むのは星見てからにしよ」

と声をかけた。


 いただきまーすと、みんなでのぞみに感謝して食事を始める。

「明くん、おいしいでしょ」

 杏はのぞみをたてるため、パエリアを食べている明に声をかける。

「うん、最高。でもお酒飲みたい」

「ダメ!」

 のぞみはお酒を禁止して、もうキッチンに立つ。明が、

「どうしたの?」

と聞くが、杏と真美はいつものことなので、

「いいから、いいから」

と明を止める。ちょっとしたらフランクフルトソーセージを焼いて、のぞみが戻ってきた。

「明くん、ワシの妾の料理を食べてみい!」

 真美は飲んでもないのに、すでに絶好調である。カサドンが驚いている。

 

 いつまでも食べているわけにもいかないので、適当に打ち切り、男子は今一度望遠鏡のセッティング、女子は夕食の片付けと夜食の準備をする。のぞみは鍋の用意をし、さらに真美に豚汁の指示をしている。杏は洗い物を担当した。

 

 修二が「寒い寒い」と言いながら戻ってきた。杏の目を見て「星が見え始めた」と伝え、もどっていった。女子は防寒具を着込んで外に出る用意をする。杏は思いついてほうじ茶を淹れ、魔法瓶に詰めて持って出ることにする。お互いの着膨れた姿を見て笑う。

 

 外に出れば木々の間に星が見える。期待が高まる。足元を照らすため、ヘッドランプを赤く点灯させ、お揃いで買った帽子の上に装着する。

 広場の一角で、赤い光がチロチロと動いている。男子もヘッドランプを使っているようだ。近づくと明の望遠鏡、杏の双眼鏡がセットされ、テーブルや椅子も出されている。杏は持ってきた魔法瓶を、のぞみはお菓子をテーブルに置いた。真美はカイロを男子に配る。

 

 杏はライトを消して、空を見上げた。

 

 満天の星である。西の空から天の川が立ち上がり空高いところへ続いている。あまりの星の多さに予習してきた星座の形がわからない。一等星なのか二等星なのか判然としない。しばらくしてやっと、はくちょう座の形がわかり、こと座もわかる。いるか座はわかりにくいと聞いていたが、生まれて始めて見た。

 

 キャンプ場で自分たち若者が騒いで迷惑を周囲にかけてしまわないか心配していたのだが、杏に続いてライトを消した仲間たちは星空の美しさに声を失っている。

 

 最初に我に返ったのは修二だった。

「明、望遠鏡作動させよう。みんな、何が見たい?」

 杏はまっさきに答えることができた。

「アルビレオ」

 アルビレオははくちょう座の頭の部分にあたる星で、望遠鏡で見ると金色の星の近くに青い小さな星が見えるらしい。明が望遠鏡を操作してくれた。

「聖女様、どうぞ」


 二つの星が近くによりそって輝いていて、美しい。堪能してのぞみに順番をゆずる。思い出せば今夜の主役はのぞみのはずだった。ちょっと反省する。

 

 そのあとこと座の環状星雲、こぎつね座の亜鈴状星雲などをみんなで交代で見た。

 

 時間が経つと夏の星座が西の空で高度を下げ、秋の星座が見やすくなってくる。杏はペガスス座の近くに淡い白いかたまりをみつけた。確信してカサドンの肩をたたく。

「あれ、M31じゃない?」

「あ、本当だ。肉眼で見えるんですね」

「明くん、カサドンにM31見せてあげてよ」

 自分は双眼鏡をその方向にむける。じっとにらむとよく見えないが、ちょっと目をそらすと白い広がりがわかる。目の中心部より少しずらしたほうが、網膜の感度が高いのだ。

 

 一通り望遠鏡で恒星、星雲、星団、銀河を堪能したあと、なんとなく二人ずつに分かれて椅子に座り、星空全体を楽しむ。修二は黙って椅子を杏の風上側に置き、風よけになってくれる。杏は一旦立って自分の椅子を修二の椅子にくっつけた。

 

 東の空にすばるがのぼってくる。椅子から立って、交代で双眼鏡で覗く。

 西の空から雲が少しずつ出てきて、体も冷え上がってきたので、バンガローにひきあげることにした。やっぱり男子は片付けの肉体労働、女子は夜食の準備にわかれる。

 

 杏とのぞみは女子校出身だから、体力仕事にも抵抗感はない。しかし偶然ふたりとも料理ができるので、時代遅れ感のある分担になってしまう。そのことを話題にしながら夜食を用意していたら、真美に「そんな気にしなくていいのに」と笑われた。

 

 男子が帰ってきた。豚汁で出迎える。男子は冷え切っているので、お酒のリクエストは予想通りウィスキーのお湯割りだった。

 

 鍋をつつき、のぞみが追加で作った焼きうどんを食べる。暖房が暖かく、ワインもビールも美味しい。

 いい加減酔っ払ったところで、初めて王様ゲームをした。一度真美が王様になったとき、

「三番の人、好きな人のかわいいと思うところを言う!」

という命令がでた。修二が恥ずかしそうに、

「プレゼントをくれて、ダッシュで逃げるところ」

と答えた。


 杏はその夜も記憶がなくなるまで飲んだ。

 

 翌朝二日酔いで目を覚ますと、曇天である。秋も深まり天気の変化が早い。このあたりは日本海側だから、冬本番になると連日雪がふるのかもしれない。

 のぞみがフレンチトーストを焼きながら、

「自然に囲まれてると、上高地思い出すね」

などといいながら、二度に渡る上高地でのできごとを真美に教えている。八十パーセントは杏の行状についてである。真美とカサドンは喜んで聞いている。

「カサドン、研究室でバラしたら、しごくからな」

 杏は聖女らしからぬ口調で、釘を刺す。それにしても、あれはたがだか去年のことなのに、すごい昔のことのようだ。

 明は明で、

「圧縮されていないフレンチトースト、うまいね」

などと危険な発言をする。修二にその意味を問われ、親衛隊騒動を思い出し明がちょっと怒られていた。杏は刺々しい雰囲気にならないよう、

「明くん、行動を間違えなければ、美味しいフレンチトースト毎日食べられるよ」

と言ってみたら、

「おお、食べたい」

との返事だ。のぞみの方を見ると顔が真っ赤になっている。明はその意味をよく考えて返事しているのだろうか。

 明の意図はわからないが、杏は今回の星見キャンプは成功だったと思った。

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