聖女様はキャンプに行く
苦しい研究生活のなか、星見キャンプの日がやってきた。土曜日であるが、みんな大学を休むことにしている。キャンプ場には午後の早い時間に到着すればいいから、杏は九時に起床した。もちろん昨夜も三時近くまでデータを検討し、例の夢も見た。昨夜雨が降っていたが、今朝は晴れ、短い周期で天候が変化する秋に、よくぞうまいこと好天がキャンプに当たってくれたと思う。
防寒具、双眼鏡、三脚、その他小物をつめこみ、修二の家へ向かう。
最初に修二に家に行くには理由がある。
最初に乗った人は流れで助手席に乗るであろう。二人しか乗っていない車で、わざわざ後部座席に乗る人などいない。杏のとなりは修二、これはマストである。絶対にゆずれない。
修二はマンションの入口で待っていた。杏とおそろいの帽子を被っている。濃いグリーンのフリースジャケットに、ブラウンのパンツでとてもかっこいい。このまま二人でキャンプに行ってしまいたくなる。
次に大学に向かう。池田教授に頼み込んで入構許可証をもらってある。明の天体望遠鏡を積み込むためなので、実験機材の出し入れとしての許可だ。嘘は言ってない。
ついでに明を乗せ、のぞみの家の近くのコンビニに行く。真美はカサドンをピックアップして、このコンビニで合流する予定だ。
真美はもう来ていた。カサドンもいる。のぞみが来るまでに、コンビニでお茶とかガムとか、キャンプ場までの道中で飲食しそうなものを購入する。杏の車も真美の車も防寒具などでいっぱいになるので、夕食・朝食に必要なものはキャンプ場に荷物をおろしてからもう一度買い出しに行くことにする。
ちょっとしたらのぞみが到着した。やはり他のメンバー同様防寒具で荷物が大きい。のぞみの荷物を真美の車に積み、ついでに杏の車の荷物も少し真美の車に移す。
杏の車に修二、のぞみ、明、真美の車にカサドンと、いつものように分乗する。今日もやっぱり日本海が見たいから、高速は使わないことにする。十月終わりの札幌は、街中でも秋深い感じで関東人の一行は景色に目を楽しませる。もう北海道に住んで半年を超えているのだが、日頃研究に没頭しているからか、こんなときはもう観光客気分だ。車内での会話は、景色のこと、秋の食べ物のことになってしまう。さすがの杏も、物理を話題にしない。北海道生活が長い真美とカサドンは、二人でどんな会話をしているんだろうか。バックミラーで後続する真美の車を見ても、運転中だからよくわからない。そう言ったらのぞみが振り向いて、後ろの車に向かって手を振った。カサドンが手を振りかえすのがミラーで見える。
日本海が見えた。青い。杏は運転しているからチラッ、チラッとしか見れないが、いつになく青い。ここまで美しく青い日本海をみたのは初めてだ。
「のぞみん、起きろよ、日本海きれいだぞ」
後ろの座席でいつの間にかのぞみは寝てしまっていたらしい。あまりのきれいな景色に、明は見ないのは損だと、のぞみを起こしたのだろう。
「ん、んん、日本海? あ、きれい。すごいきれい」
起こしたのは正解だったらしい。
キャンプ場へは、小樽に着く前で左折し山の方に入っていく。日本海の景色は名残惜しいがしかたない。暖かい季節なら緑の美しい道であろうが、冬近いこの道は茶色が勝っている。しかし快晴の太陽はその茶色の景色もあたたかに輝かせている。
キャンプ場内の景色も同様で、遠くの山、近くの木々を見ると自然と顔に笑みがうかんでしまう。駐車スペースに車を停め、降りる。真美も車を降りてきた。
「北海道の秋、きれいでしょ」
「うん、ほんときれい。キャンプ来てよかった」
「一年を通して、それぞれの季節、みんな私大好きなんだ」
「うん、旅行じゃわかんないね」
「そう、住まないとわからない。聖女様、これからの季節も楽しいよ」
真美にそう言われ、あらためて杏は自分たちが北海道に歓迎されている気がした。
チェックインして、バンガローに案内される。バンガローは暖房もあり、キッチンには食器もそろっている。部屋はダイニングキッチンと和室の二間であった。ありがたいことにトイレもバンガロー内にある。自分たちはキャンプには不慣れだから、奮発して高い方のバンガローにしてよかった。
車に戻って、荷物を降ろす。荷物運びは男子にまかせ、女子三名は食料の買い出しに杏の車で行くことにした。スーパーは車で十分くらいのところにあった。
男子には食事のリクエストは聞いていた。何がいいかと聞いたところ、数分男子三名で話し合った結論は「女子会で食べているもの」ということだった。ということは杏の野菜炒めから始まり、のぞみの料理、朝食はフレンチトーストということになる。量を通常の倍買えばよかろう。
いつもは杏が買い出ししているが、杏は魚に詳しくない。今日は料理するのぞみが食材を選ぶので、さらに美味しい料理が期待できそうだ。
真美が言い出す。
「倍でいいの?」
以外な気がして杏が聞き返す。
「だって人数倍でしょ」
「いや、男子は食べるよ。学食でもそうじゃん」
「そうか」
杏は納得したのだが、のぞみが付け加えた。
「もしかして、修二くんがたくさん食べるかもよ」
「明くんじゃなくて?」
「だって、茨城帰りでしょ。あそこ量多かったじゃん」
「そうだった」
お酒類はワイン、日本酒、ビールを買うが、ウィスキーも買うことにした。カサドンによると、寒いときはウィスキーのお湯割りが最高と力説したのだ。杏は父の好きなスコッチを選んだ。
杏はスーパーでトイレに行った。実はわざとである。トイレで手を洗って手を拭く際、修二にもらったハンカチを見せびらかそうという作戦である。
杏が手をハンカチで丁寧に拭いていると、のぞみが気づいた。
「聖女様、めずらしいハンカチだね」
「うん、修二くんにもらった」
「使っちゃうんだ」
「実はね、毎日使えるようにって、七枚ももらったんだ」
「ほんと? ねぇ舞美ちゃん、聖女様ってね」
のぞみはそういいながら、トイレに来なかった真美のところへ走っていった。
実のところ、そのハンカチを使ったのは今日が初めてで、他の六枚は大事にとってある。
バンガローに帰ると、奥の和室に女子の荷物が運び込まれ、布団も三人分ひかれていた。
「神崎さん、運転ご苦労さま。夜遅くなるから、今のうちに寝ておいたら?」
修二にそう言われると、急に眠くなってきた。




