聖女様は料理を創作しない
修二のいない日々が始まった。空虚である。
日頃、別に用がなければわざわざ会いに行くわけでもないし、昼食・夕食も多くは研究室の仲間と食べている。しかし例えば学食では、いつだって修二がいないか目で探していた。いれば手くらいふるし、ふり返してくれもする。それどころか、向こうから手をふってくれることもある。
今日の昼食は日替わりでなく、自分でも元気がなくなっているのがわかるから、景気づけにハンバーグカレーにした。なんだかボソボソに感じる。小さいころから父に食べ物の味について文句をいうのをきつく禁じられていたから文句は言わないが、周囲を見てもみんな普通に食べている。
そういえば、小学生の時、母がじゃがいもの辛子和えを作ったことがある。母が、
「これ作ってみた」
と言って、昼食を待って食卓に並ぶ父と杏の前に小皿をおいた。黄色い。
「じゃがいもを茹でて、辛子で和えてみた」
まあ、見ればわかる。母は料理上手なので期待しつつ、一口箸でとって口に運んだ。
辛い。辛いのである。どう考えても辛子の分量を間違えている。
しかし、文句は言えない。料理の味に文句を言えば、父が怒り出すのが目に見えている。
その父の様子を横目で伺うと、ほんのちょっとずつ、ほんのちょっとずつ箸でつまんで何も言わず食べている。
二人の様子を見ていた母は、
「不味い?」
と言って、杏の小皿のじゃがいもを素手でとって口に含んだ。
母は、無言で父と杏の皿を下げて、流しに持っていった。
そんな昔のことを思い出していると、学食のカレーの味がいつもの味にもどってきた。
今日の昼食は、朝のうちからのぞみと真美に一緒に食べようと声をかけていた。だから今思い出した話を二人に話した。
のぞみが反応する。
「聖母様もそんなミスをするんだ」
「笑っちゃうでしょ」
真美は、
「なんか聖女様のお母さんの料理食べてみたいな」
という。杏も、
「いつかうちに遊びに来てよ」
というだけ言うが、
「いつになるかわかんないけどね」
との答えが返ってきた。杏の実家は川崎、真美は千葉、そして杏と真美は今札幌なのだ。
「でもさ、聖女様ってけっこう料理うまいよね。お母さん譲りかな」
真美が指摘する。
「どうかな。レシピ通りに作ってるだけだよ」
「前飲みに行ったとき、野菜炒め作ってくれたじゃん。あれ超うまかった」
のぞみは何か考えている。
「あのさ、聖女様。創作料理とかってしないの?」
「しないよ。レシピに忠実に作るだけ」
「そうなんだ」
「そりゃね、中学ぐらいのときはやってみたよ。でも、食べれたもんじゃないのばっかり出来て、もうやめた」
「なるほど」
のぞみは何か納得したように、うんうんとうなずいている。
真美も「ははぁ~」という声を出して、黙っている。
杏はなんだか侮辱されているような気がした。まずはのぞみに文句を言う。
「なんか私のこと、馬鹿にしてない?」
「いや、してない」
「真美ちゃんも、なんか私のこと馬鹿にしてるでしょ」
「いや、納得しただけ」
「何を」
「いや、いいんだよ。レシピ通りに作れば、主婦としても十分やっていけるよ」
「主婦って、だれの奥さんになるのよ」
「そんなの決まっているじゃない」
まあ決まっているが、気に食わない。
「とにかく、何を納得したの?」
「それを聞く?」
「聞く」
しばらく考えて、のぞみが口をひらく。
「怒んない?」
「怒んない」
またちょっと間があいて、のぞみが言い出した。
「今わかったのはね、聖女効果が中学時代にはすでに実在してたってこと」
「どういうことよ」
「創作料理って、まあ実験みたいなもんじゃん。だから失敗する」
聞かなければよかった。とにかく、口止めだけでもしておこう。
「二人共、誰にも言うなよ」
杏の口調にのぞみが抗議する。
「怒んないって言ってたじゃん」
二人共目がキラキラしていて信用ならない。
「なんの話してんの? 楽しそうじゃん」
明だった。
料理の話にプンプンしながら研究室にもどると、なんだかいつもの調子が戻ってきた。
場の理論の教科書を読みながら計算していると、スマホに着信があった。修二である。
「やっと僕たちのサンプルの測定ができる。24時測定開始の予定」
SNSでの連絡だ。
「がんばってね」
と、杏も打ち込むのだが、そのあとにハートマークをつけたくなった。約三分の葛藤のあと、やめておいた。
夕食は研究室のメンバーと摂る。十月も中旬、すでに真っ暗なので食べたらすぐ帰宅しないといけない。早めのペースで食事をかきこんでいると、のぞみがやってきた。
「一緒に帰ろ」
「うん、ちょっと待って」
大急ぎで残りを飲みこみ、研究室のメンバーに挨拶し、食器を返却し、学食を出る。
外に出たら曇っていた。杏は言った。
「キャンプ、晴れるといいね」
今度のキャンプは、のぞみと明のためにある。心をこめて言ったつもりだが、
「うん、だけど聖女様、今夜、東海村のサーバーにログインしないでよ」
と、ちがう話で釘を刺されてしまった。




