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聖女様は見送る

 数日して父から荷物が届いた。かなり大きな箱で、中には双眼鏡とカメラ用の三脚が入っていた。それに星を観察するガイドブックが3冊入っている。どれも古い。双眼鏡はまあまあ綺麗だったが、三脚はところどころ塗装が剥げている。

 まず、双眼鏡が大きい。定規で測ったら対物レンズが五センチもあった。三脚も全部足を伸ばすと杏の身長を軽く超える。星は自分より上にあるから、三脚が小さいと疲れるのだろう。

 父の字によるメモも入っていた。三脚に双眼鏡を取り付けるアダプターがないから、天体望遠鏡のショップで買えとの指示だ。メモには札幌市内の天体望遠鏡ショップの名前・所在地も書かれているが、ちょっと遠い。ネットで調べると日曜はやっていないそうなので、土曜日に車で行くことにした。

 

 土曜日の午後、車で行った。店内は大きな望遠鏡が林立しており、ちょっと身構えてしまう。なんか理性的な男性がレジの向こうにいるので声をかける。

「あの、双眼鏡を三脚につけるアダプターってありますか?」

「双眼鏡は、今日、お持ちですか?」

 そんなこともあろうかと持ってきていたので、店員に見せる。

「ああ、これならこれがおすすめですよ」

 すすめられるままに買うことにする。ついでに、

「あの、天体観測は初めてなんですが、持っておいたほうがいい小物とかはありますか?」

「まず、懐中電灯はお持ちですか」

「いいえ」

「スマホのライトだと光が強すぎて、しばらく星が見えにくくなってしまうんです。だからこういうヘッドランプとか、おすすめです」

 見せてくれたヘッドランプは、普通の光も出せるが、赤い光も出せる。これも買うことにする。

「ヘッドランプは六個ほしいんですけど、在庫ありますか?」

「六人でいかれるんですか。経験者はいないんですか」

「はい、みんな初心者なんですが、ひとり天体望遠鏡を買いまして。大学の屋上で見てみたら星間ガスとかきれいだったそうで、今度みんなでキャンプがてら見に行くことにしたんです」

「望遠鏡って、どんなものでしたか?」

「ちょうど、あんな感じのです」

 杏は近くにあった望遠鏡を指差す。そっくりだが、本当にそうか、自信がない。

「ああ、これですか」

「多分」

「えーとですね、自動で使いやすいんですが、季節柄、バッテリーに注意してください。寒いと能力が下がるので」

「では、持ち主に来させたほうが良さそうですね」

「二度手間で申し訳ないんですけど、その方がいいですね。ヘッドランプもそのときに買われてはいかがでしょう」

「そうですね。今日は最初のアダプターとヘッドランプは二個ください」

「ヘッドランプは二個ですか」

「一人は忙しくて、なかなか来れそうにないので」

「わかりました。あと、天体望遠鏡の持ち主の方ですね、本体がなくても型番とか、望遠鏡本体とか箱の写真とかわかれば大丈夫ですから。お忙しければ、営業時間中にお電話いただいても」

「じゃ、そういう方向でお願いします」


 車に戻り、のぞみに電話する。

「あーのぞみ、今ね、天体望遠鏡のお店に来てるんだけど、こんどのぞみ、明くんと二人できたほうがいいよ」

「うん、なんで?」

「望遠鏡のバッテリーとか、寒いと能力下がるって。だから持ち主と話ししたいって店員さん言ってた。望遠鏡の型番がわかるといいみたい」

「ふーん」

「あとね、赤い光の出るヘッドランプ買った。頭につけて使うやつ」

「へーえ」

「普通のだとね、光が強くて、そのあと星見にくいって」

「なるほど」

「だからさ、明くんと、ふ た り で」

「……」

「……」

「聖女様って、おせっかいだね」

「ごめん、悪かった?」

「ううん、感謝してる」

「詳しくは来週ね」

 

 週が明けた。キャンプの準備に飛び回っている杏であるが、もちろん研究はいつも以上にやっている。なぜなら今週、いよいよ修二が東海村へ出張するからである。

 実験計画を見直し、計算し、予測し、疑問点があれば池田教授、榊原教授に相談する。一日に三回も居室を出て相談するものだから、池田教授に注意されてしまった。

「神崎さん、一生懸命なのはわかるけどね、大丈夫だよ。ここまできたら。実験は実験屋さんにまかせなさい」

 杏ははっとして、うなだれてしまった。どうやら自分は余計なことをしているらしい。

「ほら、そうやってすぐ落ち込む。大丈夫だよ、君のそんな一生懸命さは、みんなに力を与えてくれているよ。その証拠にね、今度の春の学会で今回の実験発表するけど、榊原先生、登壇者を神崎さんで登録してるよ」

「え、修、唐沢くんじゃないんですか?」

「その唐沢くんが、すすめたんだってさ」

「そうなんですか」

「これで君も実験屋だよ。胸を張りなさい」

 そう言って池田教授は部屋を出ていった。

 杏は胸は張れず、うつむいて泣いてしまった。

 でも悲しくての涙ではなかった。

 

 修二の出発の日が来た。車を出して、修二のマンションに向かう。

 少し早めに家をでたのだが、修二はマンション入口で立って待っていた。

「おはよう、修二くん」

「ああ、おはよう。今朝はありがとう」

「ううん、私が行きたいだけ。本当は東海村までも行きたい」

 学問的にも行きたいが、それよりも一人の女性として行きたい杏である。

 それがわかっているのか、修二は返事をしなかった。

 

 空港へ向かう。

「そういえば修二くん、学会の登壇者、私を推してくれたんだってね」

「ああ、今回の実験は、神崎さんのアイデアだから」

「でも、実際に実験するのは修二くんじゃない」

「それを言い出したら、サンプル作ったのは緒方さんだよ」

「それもそうだけど」

「今回はさ、アイデアを出すだけじゃなくて、実験計画立てたり、いろいろやってくれたでしょ」

「まあ、自分の勉強のためではあるけれど」

「とにかく、神崎さんを中心としてまわっているんだよ。この実験は。大体、データ処理だって、神崎さんやるでしょう?」

「うん、やるね」

「ハハハハハ」


 修二には何回も遠慮されたのだが、ゲートの向こうに修二が行ってしまうまで出発ロビーにいた。榊原先生と一緒に修二の姿が見えなくなると、とたんに寂しくなってしまう。すぐにでも帰って大学で研究の続きをやらなければならないのだが、まだここを離れる気にならない。

 

 展望デッキに向かう。

 

 飛行機がいっぱいいて、どれが修二の飛行機かわからない。同じ色の、同じ型の飛行機がいっぱいいるのだ。出発予定時刻が来て、バックし始める飛行機がいる。かなり時間をかけてバックし、誘導路へと進む。滑走路の近くまで行ったのだが、何機かならんでいて、どれがさっきの飛行機かわからなくなりそうだ。

 一機飛び立って、一機降りてくる。これを繰り返すうちに、やっと修二のらしい飛行機が滑走路のスタート点に来た。ゆっくりと動き出す。意外と遅い。しかし段々と加速して滑走路の半分ほどに達したとき、急に機首を持ち上げた。

 

 ぐんぐんと高度を上げていく。飛行機の後部が小さく見え、向きを変える。

 杏はずっとずっと目で追いかけていたかったのだが、やがて見失ってしまった。

 

 飛行機はもう見えないのだが、その空の一点を、ずっとずっと見つめていた。

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