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聖女様は疑われる

 善は急げということで、昼食後研究室にもどってすぐ、杏はカサドンに話した。

「マジっすか? 最高じゃないですか。俺、絶対行きます!」

「まだ真美ちゃんの了解得てないけどね」

「えぇ~、マジですか~?」

 カサドンのテンションが下がる。

「のぞみが口説いてるから、大丈夫だと思うよ」


 続いて修二にSNSを送る。

「月末、キャンプ行く話があるんだけど、修二くん行く?」


 実験中だろうか、一時間たっても返事がこない。研究に集中できない。修二の東海村出張も近いので、つめなければいけない計算もあるのに。

 ちょっと計算して、気が散り、またちょっと計算して集中がすぐ切れる。そんなことを繰り返していたら、居室の入り口から声がした。

「神崎さん、いますか~?」

 修二の声だ。

「はい! はい! はい! います!」

 無駄に大きな声で返事してしまった。慌てて修二の方へ向かう。

 廊下に出たところで話をする。

「修二くん、どうしたの?」

「どうって、さっきのSNS、キャンプ。詳しく聞かせてよ」


 杏は明の天体望遠鏡の話から、詳しく説明した。

「修二くんもぜひ、来てくれないかな。きっと星、きれいだと思う」

「うん、行けると思う。スケジュール確認して、連絡する」

 流石は修二、勢いで返事はしない。

 

 杏はその件だけで会話を終える気はない。

「東海村、いよいよ来週だね」

「うん、緒方さんのサンプルはぎりぎりには間に合うそうだから、計画通り実験できると思う」

「がんばってね」

「うん、がんばる」


 修二はそこで帰っていきそうだったが、杏はどうしても言いたいことがあった。

「修二くん」

「ん、何」

「私、千歳まで送って行ってもいいかな」

「え、時間取られちゃうよ、いいよ」

 杏は悲しくなってしまった。杏は行きたいのである。でも気を使われてしまった。


 しばらく二人の間に沈黙が流れた。

 それを破ったのは、修二であった。

「うん、見送りに来てくれたら、僕はうれしいよ」

「ありがとう、行く」

「お礼を言うのは僕の方なんだけどね」


 キャンプ・見送りと杏の思う通りになりそうなので、そのあとの計算は集中できた。

 午後は修二の実験以外の仕事もする。こちらも集中でき、あっという間に夕食の時刻になった。

 

 研究室のみんなで学食へ行くと、榊原研のメンバーが揃っていた。榊原教授は夕食は自宅で摂るのだろう、コーヒーを飲んでいる。なんだか皆の表情が暗い。食事の載ったトレーを持って空いている席を探すが、そこで榊原教授と目があってしまった。

 逃げるわけにもいかず、修二も近くにいるのでそちらへ向かう。


「失礼しまーす」

と言って、席に座る。榊原教授が、チラチラとこっちを見てくる。

「先生、なんですか? なにか実験計画に不備でもありましたか?」

「いや、実験計画は大丈夫。ていうか、神崎さん、今日の午後どこにいた?」

 榊原教授は変なことを聞いてくる。

「先生、やめましょうよ。良くないですよ」

 修二が榊原教授を止めている。杏はむしろ気になってしまった。

「午後はずっと居室で計算してました。一歩も外に出てません」

 修二が小声で榊原教授に言う。

「ほら、そうじゃないですか」

 榊原教授は、

「そうだよね、大丈夫だよね」

と言うが、杏は変な疑いをかけられている気がした。

「なにかあったんですか?」

 そう聞くと、修二が申し訳無さそうに言った。

「あのね、さっき超電導磁石がクエンチしてね、実験失敗した」


 超電導磁石は、液体ヘリウム温度(マイナス269度くらい)に冷やされ、超伝導電流によりかなり強い磁場をつくる。この超電導電流には限界があって、磁場の強さを欲張って電流量を大きくしすぎてしまうと超電導状態が壊れる。電流は一気にゼロになるので磁場は消え、実験は失敗となる。これがクエンチである。

 

 杏はあらぬ疑いをかけられ、不愉快だった。榊原教授は、聖女効果が超伝導磁石に影響を与えたのではないかと疑っていたのである。

「もう一回、実験やり直したらいいじゃないですか」

「そうなんだけどね」


 そこから榊原教授がクエンチの経緯を教えてくれた。

 

 磁場を上げるため、予定よりちょっと電流を大きくした瞬間、実験装置のてっぺんから、ものすごい勢いで液体ヘリウムが吹き出したそうだ。超伝導が壊れた瞬間、磁石から大量の熱が出る。磁石は液体ヘリウムにじゃぶ漬けになっているので、その熱は液体ヘリウムを気化させる。液体が気化すると体積が千倍くらいになるので、ものすごい勢いで吹き出してくるのだ。

 

「僕ね、空気が目の前で液化するの、見ちゃった」

 修二が恐ろしいことを言い出した。

「液体ヘリウムが装置から垂直に吹き出てね、それで冷やされた空気が目の前でポタポタと液体になるんだよ。それがまた装置の上を流れて、しばらくするとまた消えちゃうんだ」

 それは怖い。運が悪ければ窒息死してしまう。

「修二くん、無事で良かったね」

 杏はそう言うのだが、榊原教授はまだ暗い。

「機材にダメージが出ているかもしれない。明日からバラしてチェックだ」


 それはすなわち、実験計画の遅れを意味する。修二が東海村に持っていくサンプルの事前実験ができなくなる。今回の実験と中性子の実験とで順番を入れ替えれば単純な遅れで済むのだが、中性子の場合、そうはいかない。中性子をあてるとサンプルが放射化することが多い。そうなると東海村から持ち出せなくなるので、同じ試料で別の実験ができなくなるのだ。どうしてもしたければ、網浜研にまた同じサンプルを作ってもらわなければならず、いろいろと気が重いのだろう。

 

 クエンチの様子を聞き、うなだれる榊原教授の様子を見ると、ちょっとだけ気の毒になった。

 

 しかし本当は、磁場の強さを欲張った榊原教授がいけないのである。おまけに実験失敗の原因を杏に押し付けようとした。そこまで考えて、杏は同情するのはやめにした。


 なお、親衛隊とファンクラブのフォロワー数が、昨日から急に増えた。それぞれ四百近い。物理は修士課程で各学年四十名、学部で各六十名ずつだから、いくらなんでも多すぎる。どうも学食での騒動で、物理以外にも杏やのぞみの存在が有名になってしまったらしい。

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