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聖女様は修羅場をむかえる

 杏はいつものように夕食を学食で摂り、やはりいつものように自転車で大学を出た。ただし家に帰るのではなく、駅近のカフェへ向かう。正月にみんなで集まったシアトル系カフェとおなじチェーン店である。札幌に来てから数えるほどしか来ていない。充分に涼しいのでホットの豆乳ラテにする。


 窓際の席をとってラテをすすっていると、手を振って明がやって来た。明もドリンクを買って、席に来た。

「で、何?」

 杏は、なんだかのぞみとか修二に隠れて悪いことをしているようで、その分口調がきつくなってしまう。

「ああ、悪いね。あのさ、俺、天体望遠鏡買ったんだよ」

「はぁ」

「俺、宇宙論じゃん、あんまり星とかみたことなかったんだけど、急に見てみたくなってね」

「はぁ」

「でさ、大学の屋上に持ち込んで、夜みてみたら感動したんだよ。だって宇宙空間にあるガスが、この目で見えちゃうんだぜ」

「そうですか」

 杏としては、星を見るのはいいことだと思うが、なぜ明がそれを自分に言うのか理解できない。

「うん、すばらしいんだよ」

「だから?」

「うん」

 明が急に押し黙った。

「だから?」

「うん、あのね、のぞみんにも見てほしいんだよ」

 それは素晴らしい。

「うん、それはいいね。ぜひ見てもらおう。明くん、見直した」

「でね、ちょっと問題が」

「え、みせればいいじゃん」

「いやね、望遠鏡、大学の屋上」

「そうだね、屋上だね」

「星を見るのは夜」

「だから?」

「夜はまずいでしょう」


 そうか、夜は自分たち女子がいると、確実に先生たちに怒られる。なるほど。

 

「というわけで、聖女様なわけですよ」

「はぁ?」

 声がひっくり返ってしまった。

「聖女様、車お持ちじゃないですか」

「うん」

「それに僕の望遠鏡を乗せてですね、キャンプなどいかがかと」

「うん」

「のぞみんと、修二も誘ってですね」

「詳しく聞こうか」


 何故か途中から敬語になってしまった明の話はこうだ。

 十月の終わりに望遠鏡を積んで、明、のぞみ、修二、杏の四人でキャンプに行く。

 なぜ十月終わりかと言うと、十月中旬は、修二が東海村で中性子の実験をやっているからだ。この四人はすべてこの実験に関わっているから、打ち上げという名目にしたい。

 北海道は寒いので、キャンプ場は十月いっぱいで冬の休みに入ってしまうから、このチャンスを逃すと、来年までのぞみと星は見れない。なのでなんとしても、明は星見キャンプに行きたいそうだ。

 

 杏としては、とてもいい話だと思う。のぞみにとってもいいし、自分自身、修二と星空を見るなんて、ロマンチックすぎる。いい話だと思うがゆえに、敢えて批判的に話をすることにした。

 

「寒くない?」

「寒いと思います、だからバンガローでもいいかなと思ってます」

「キャンプ場って、木が多くて星、見にくいんじゃないの?」

「このキャンプ場は、広場があるので、それは大丈夫じゃないかと」

 明は、スマホで候補のキャンプ場を見せてきた。けっこう下調べしているらしい。

「望遠鏡って大きくない? 私の車、荷物あんまり載らないの知ってるでしょ」

「だからやっぱりバンガローがいいかな、と。あと奥の手としては、真美ちゃんに声をかけるのもいいかも」

「それなら、カサドンも呼んであげてよ」

「自動的にそうなりますね」

「そろそろ敬語やめてよ。で、予約は?」

「まだ充分空きがあるそうです」

「だから敬語」

「ハハハハハ」


 ちょっと考えて、杏は決めた。

「明くん、私、その話乗った。ただ、望遠鏡が車に乗らなかったら話にならないから、明日望遠鏡見せて」

「了解」

「あと、修二くん来なかったら、この話は無しね」

「そんなぁ~。聖女様が誘えば、修二は絶対来るよ」

「明くん、修二くんに話、しといてね」

「修二も、聖女様からチョクに誘われたほうがうれしいとおもうんだけどなぁ」

「そ、そぅお?」

「もちろん。で、のぞみんにも、言っといてよ」

「は? それこそ自分で言いなよ」

「えぇ~」

「根性を見せろ!」


 翌日、明の居室に行って望遠鏡を見せてもらった。段ボール箱に入ったそれは、やっぱり結構大きい。

「よくこんなの、大学まで持ってきたね」

「うん、通販で、最初っから配達先研究室にした」

 なるほど。

「載ることは載ると思うけど、やっぱり真美ちゃん誘ったほうがいいと思う」

「じゃあ、真美ちゃんには聖女様から声かけてくれないかな?」

「まあ、いいけど、今回主役はあんたでしょう」

「いやぁ、あの人なんか怖い時ある」

「自分が空気読まないからじゃない? あとさ、これちょっと組み立てて見せてよ」

「わかった」


 明がダンボールを開け、まず金属製の三脚を出す。これだけで高さが一メートルを超す。

「結構背が高いんだね」

「うん、低いと姿勢が前かがみになったりして、しんどいんだよ」

「なるほど」

 三脚の上に、架台を乗せる。かなり重そうだ。

「手伝おうか?」

「い、いえ、遠慮します」

 なぜ遠慮するかは、聞かないでおいた。

 望遠鏡本体は、意外に小さい。黒くてかっこいい。

「私、天体望遠鏡って、白くて長いんだと思ってた」

「うん、これ、カセグレン式って言ってね、反射鏡を使ってるんだよ」

「へぇ」

「スマホで操作するとね、見たい天体を自動で導入してくれるんだ」

「それはいいね。なんか私も欲しくなりそう」

「十万ちょいかな?」

「当分無理だわ。よく買えたね」

「大学時代のバイトの貯金使った」


 その日の昼食、杏はいつも通り研究室のメンバーといたのだが、のぞみから声をかけられた。

「ね、聖女様、なんか隠し事してない?」

「え、してない」

「うそ、目が泳いでる。昨日から明くんとなんか相談してるでしょ」

 のぞみの察知の速さに、正直驚いた。星見の話が出てから、二十四時間もたっていない。

「ま、悪い話じゃないから」

「やっぱ隠し事じゃない。最悪」

「だから隠し事じゃないから。自分で明くんに確認してよ」

「わかった」

 のぞみはスマホを出して、明に電話をかけた。ちょっとで明は電話に出た。

「今学食、すぐ来て。いいから来て」

 やばい。またのぞみを怒らせてしまった。だけど杏は悪いことはしていない。とても困る。


 約2分で、明がとんできた。

「明くん、あんたなんか聖女様と企んでるでしょ」

「いや、何も企んでないです」

「まさか浮気?」

 杏は、この二人がつき合ってるとは知らなかった。

「浮気だなんて、そんな、まだお付き合いもしてないんじゃないかと」

 明はしどろもどろである。杏は周囲の目が気になった。ほぼ満員の学食である。このままでは自分たちが物理以外でも有名人になりかねない。

「あの、のぞみ、ちょっと場所が悪いんじゃないかと」

「んなもん知るか! 明くん、どういうこと?」

 完全に修羅場と化した。

「ま、とにかく二人とも座って」

 近くにいた人がみな立ち上がって、場所を開けてくれた。

 杏の隣にのぞみ、のぞみに向き合って明が座る。

「説明してよ」

 さすがにのぞみも声を少し小さくした。明が助けを求めるように、杏を見てくる。その目線を見て、さらにのぞみの怒りが大きくなるのがなぜ明にはわからないのか。

「明くん、きちんと説明したほうがいいよ。私が言うと、すべて台無しだよ」

「そ、そぅお?」

「いいから、大丈夫だから」

「はい」


 ちょっとして、明が蚊の鳴くような声で説明を始めた。

「天体望遠鏡を買ったんです。ぼく、宇宙論だから」

「うん」

「で、大学の屋上で使ってみたら、星間ガスとか、感動したんです」

「うん」

「でですね、のぞみさんにも、ぜひ見ていただきたいと」

「うん?」

「だけどですね、夜の大学だと、女子、まずいじゃないですか」

「うん」

「だからですね、聖女様の車で、望遠鏡を積んで、キャンプに行けば、のぞみさんにも見ていただけるかと」

「うん」

「そういうわけで、聖女様に相談していたんです」

「最初っから、私に言えばいいじゃん」

「いや、それは、キャンプに行けなかったとか、うまくいかなかったとか、やじゃないですか。やっぱりのぞみさんに喜んでほしいので」

「うん」


 杏は口を挟むことにした。

「のぞみ、あくまで主目的は、のぞみに星を見てもらうことなんだ。明くんの感動を、のぞみと共有してもらうことなんだ。私はそれを手伝ってただけ」

「うそつけ」

 のぞみは涙声だった。

「うそじゃない、のぞみと明くんのためにね」

「修二くんも誘うつもりだったんじゃないの」

「それは否定できない」


 三人そろって、下を向いてしまった。沈黙が流れる。

 

 沈黙を破ったのは、のぞみだった。

「明くん、ありがと。聖女様、誤解してごめん。私、行く」

「やったー!」

「明くん、声大きい」

 杏は注意した。ついでに、

「実は一つ、解決していない問題があるんだけど」

と告白した。

「え、何?」

「さっきね、望遠鏡見せてもらったんだけど、けっこう大きいのよ。私の車だと、望遠鏡乗せると荷物がちょっと厳しい」

「で?」

「真美ちゃんも誘おうかなってね」

「じゃ、カサドンもだ」

「そういうこと」

「私、真美ちゃんに聞いてみるよ。カサドンは聖女様おねがい」

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