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聖女様は挨拶まわりをする

 翌朝、いつもの時間に目が覚めたが頭が痛い。頭痛を理由に修二にお土産を渡すのを先延ばしにしたくなってくる。インスタントコーヒーを濃いめに淹れる。食欲はない。

 シャワーを浴び、洗濯機を回す。朝食を抜くので、やることがない。

 渡す予定のクマのぬいぐるみをテーブルにのせ、目を見る。

「わたしのかわりに、かわいがってもらってね」

と、口に出してみた。我ながらちょっとキモい。ぬいぐるみを袋にもどす。


 洗濯機から、洗濯終了の音がした。いつものように、すべて室内干しにする。

 干し終わる頃、ようやく頭痛がとれてきた。時計を見ると、もう少しで出かけないと修二に会えなさそうだ。

 

 自転車で修二のマンションへ向かう。いつもの通学時間よりかなり遅いので、車の通りは少ない。

 あっさりマンション下に着いた。計算ではあと二十分ほどで修二が出てくるはずだ。

 スマホを取り出し、修二を呼ぼうか迷う。やっぱり勇気が出ないので、スマホをしまう。

 

 マンションから人が出てきた。

「修二くん!」

と言おうと思ったら、別人だった。きまりが悪いので横をむく。その人は、こっちを不審そうに見ている。


 もう何分待ったかわからなくなる頃、修二がやっと出てきた。

「修二くん、おはよ!」

「あ、神崎さん、ひさしぶり。どうだったあっちは?」

 修二は、けっこう驚いた顔をしている。

「うん、よかった。でね、これ、おみやげ」

「あ、ありがとう、何かな?」

「じゃ、じゃあ、また」

 またも杏は逃げてしまった。

 

 家に帰ったが、なにも考えることができず、杏は二度寝した。

 

 その日はなんとなくダラダラと過ごした。昼食はパスタを茹で、夕食は野菜炒めを作った。作って食べていたら、スマホに着信した。のぞみだった。

「聖女様、親衛隊・ファンクラブ、見た?」

「見てない」

「見てよ」

 パソコンからSNSを覗く。すると白いクマのぬいぐるみが二匹、赤とピンクのTシャツを着て並んで座っている。文面は「聖女様・のぞみん、無事ご帰還。明日から大学へ出る予定」とだけあった。

「見た」

「私ら、クマになっちゃったね」

「うん、のぞみ、どうやって渡したの?」

「朝、明くんのうちの前で待ち伏せした。聖女様は?」

「おんなじ、待ち伏せ」

「そうか、あのさ、私さ、明くんとつき合うことにした」

「ほんとに? おめでとう」

「いや、まだつき合ってない」

「告ってないの?」

「うん、これから」

「やっぱり、私達、おんなじだね」

 涙が出るほど笑った。

「のぞみ、明日、カステラ配んなきゃいけないね。多分、荷物もう着いてると思う」

「じゃ、明日着いてたら、連絡して。いっしょに配ろう」

「けっこう重いと思うよ」

「明くんに手伝わせる」

「わかった」


 翌日研究室に行くと、杏の机に大きなダンボールが置いてあった。扶桑女子大のカステラである。早速のぞみにSNSで連絡する。のぞみも杏同様朝八時に大学に来ているので、すぐに池田研にやってきた。

「うわ、でかっ!」

 のぞみはダンボールの大きさをみて、驚いた。のぞみはスマホで電話をかける。

「あ、明くん、今すぐ池田研来てくれない?」

 明がなにか言っているようである。

「いいから来て、今すぐ」

 のぞみはそう言って、電話を切った。

「のぞみ、ちょっと強引じゃない?」

「いいのいいの、一生こき使ってやる」

「ね、愛情のベクトルが、ちょっとおかしくない?」

「そう?」

 のぞみは平然としている。杏としては理解不能だが、当人同士がいいのならいいのだろう。問題は、のぞみはまだ告白していないことだ。

 

 十分程して、明がやって来た。

「おまたせ、で、何?」

 明は息を切らせながらきいてくるので、のぞみが答える。

「うん、あっちのお土産。今から配って回るから、明くん手伝って」

「お土産って?」

「これ」

 のぞみはダンボールを指差す。杏はのぞみのそっけなさに流石に黙っていられず、

「これ、かなり重いから、男子に手伝ってもらえるなら助かるな、てね」

と言ってみた。

「わかりました。聖女様のご依頼とあらば、喜んで」

 杏は「しまった」と思った。恐る恐るのぞみの顔色を見ると、恐ろしい笑顔である。いつもの笑顔と違う、本気で怒っているときの笑顔である。高校の文化祭か何かで先生と揉めたとき以来、久しぶりに見た。

「明くん、私からも、お ね が い」

「あ、ちょっとカバンだけ、置いてくる」

 明が逃げていった。

 杏はいたたまれず、

「のぞみ、ごめん、本当にごめん。余計なこと言った」

「な に か な?」

 本当に怖かった。

 

 ちょっとして明は台車を押してやって来た。多くの研究室はまだ主要メンバーが出てきていないだろうから、物理事務室から挨拶に回る。

「この度は、いろいろとご面倒をおかけしたと思います。これ、お土産です」

 のぞみがそう言って明から受け取ったカステラを渡す。杏はとにかくタイミングを合わせて、頭を下げる。

 のぞみはもちろん笑顔である。ただし、さっきと同じ笑顔である。札幌で唯一人その笑顔の意味がわかる杏は、作り笑顔で頭を下げることしかできない。いや、明もわかっているかもしれない。

 

 これを全研究室でやった。多少雑談をする場合もあるから、一時間以上かかった。女子大ロゴ入りカステラは、もちろん大好評である。途中榊原研も通ったが、もちろん修二がいた。

「あれ、明、お前手伝ってるの? 僕も手伝うよ」

と言ってくれたが、のぞみのご機嫌を考慮して丁重にお断りした。詳しくはあとで説明しておこう。


 全研究室をまわったら、カステラがひとつだけ余った。のぞみはそれを明に押し付けた。

「聖女様、いいよね」

「うん」


 夜、親衛隊・ファンクラブに、明によるカステラの食レポが載った。

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