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聖女様は相談される

 翌日は、まず一般公開の片付けである。看板やら案内板をはずし、展示していたパネル類をしまう。それだけで午前中いっぱいかかった。午後は、新発田教授に実験機材の生データの見方、データ処理の仕方を習う。そんなふうにバタバタしているだけで、杏とのぞみの東海村滞在は終わってしまった。

 

 東海村の駅まで、またも新発田教授に送ってもらう。

「なにからなにまで、お世話になりました。本当になんてお礼を言っていいか」

「お礼なんていいよ、今度の実験、良い論文にしよう」

「はい、がんばります」

 決意を新たに、東海村を離れた。


 午後三時半、東海駅から電車に乗り、途中で特急に乗り換える。

 特急の席に二人並んで座り、外を見るともう夕方である。

「冬の日は短いね」

「札幌だと、もう真っ暗だけどね」


 のぞみがしみじみと言う。

「来月の実験、私も来たかったな」

「自分のサンプルだもん、そうだよね。私も来たい」

「聖女様はだめ。まじでだめ」

「へこむな~」

「ハハハハハ」

 

 さらにのぞみが言葉を継いだ。

「サンプルだけどさ、放射化したら、持って帰れないって」

「そうなんだ」

「うん、だから札幌帰ったら、基礎測定はちゃんとやっとかないと」

「我が子を嫁に出す感じ?」

「うん」

 のぞみの真剣な口調に、杏はすこし驚いた。同時に羨ましくもあった。


「忙しくなりそうだね」

「うん、だから修二くん借りるね」

「ヤダ」

 思わず口調が鋭くなってしまった。

「冗談だよ~。マジにならないでよ~」

「ハハハハハ」


 杏とのぞみはそれぞれの自宅にもどり、翌日はまた扶桑女子大にやってきた。休みなく動いているので、昼過ぎにした。


 まず澤田教授のところへのぞみと二人で顔を出す。お土産の干し芋を渡し、半分嫌味の挨拶をする。

「先生、東海村まで高校生をよこしていただいてありがとうございました。どうやら理系にする生徒が増えそうです」

「そうやろ、そうやろ、感謝してもらわねば」

「私より、東海村の職員が喜んでいましたよ」

「女性が進出すべき分野は、まだまだ多いな!」

 澤田教授には嫌味は通じないらしい。


 宮﨑研、林研に干し芋を配って周り、最後に伊達研に行った。優花の最近の研究について聞いてみたかったからである。

「「失礼しまーす」」

「ああ、おかえり。中性子はどうだった?」

 伊達教授がニコニコと迎えてくれた。

「木下くんは、今ちょっと用事で出てるけど、すぐ戻ってくると思うよ」

「先生、これ、おみやげです」

「ああ、ありがとう、早速食べる?」

 伊達教授は、いきなり封を開けた。研究室にいた四年生らしき学生が、ぱっと立ってお茶を淹れる。なかなか気の利く子だ。

「この人ね、高木麗華さん。SHEL見に行きたかがってたけど、どうしても実験でぬけられなくてね。残念がってたんだよ」

 なんか見覚えのある顔だが、名前までは知らなかった。

「高木さんはね、院に進学するんだけど、札幌は合格、柏は結果待ちなんだ。僕は多分、柏も大丈夫だと思うんだけどね」

「それは優秀ですね」

「だけど、なんか悩んでるみたいなんだよ。神崎さん、緒方さん、相談にのってあげてよ」


 伊達研の大テーブルを囲んで、四人で座る。かつて杏がコイルづくりに絶望したテーブルだが、今はお茶と干し芋がならんでいる。

「なにに悩んでいるのかな?」

 杏が口火を切った。

「ええ、私、ぜひ来年は聖女様とご一緒したいんですけど、柏の超強磁場も魅力的で」

 のぞみがチャチャを入れる。

「ここにもいたな、聖女信者」

 杏はのぞみを横目で睨んで、言葉を継ぐ。

「たしかに柏の強磁場は魅力ではある。でも、柏は磁石に相当振り回されるかもよ」

 伊達教授も同意見だ。

「そうなんだよ、神崎さん。磁石の制作をやりたいとか、重工業系に将来就職したいんだったら、僕も柏がいいと思う。だけどバランスよく物性を勉強したいんだったら、札幌のほうがいいだろうな」

 杏は少し意外であった。伊達教授こそ、日本の強磁場の重鎮で、一人でも多くの人を強磁場に欲しがっていると思っていたからだ。ところが実際はそうではなかった。

「先生のおっしゃるとおりよ。あなたが将来何をやりたいか、で、きめるしかないわ」

「伊達先生も、木下先輩も同じことを仰るんです」

 ここでまたものぞみが余計なことを言った。

「柏落ちてたら、選択肢ないけどね」

「コラッ! のぞみ!」

「ごめんごめん」


 杏は以前から気になっていたことを、伊達教授に聞いてみた。

「それはそうと先生、超強磁場でわかる物理って、何があるんですか?」

 伊達教授は笑顔で答える。

「それは答えにくいことを聞いてくるね。実のところ僕たち磁石屋はさ、どれだけ強い磁石を作れるか、ということに興味が行っちゃいがちなんだよね。だからどちらかと言うと、ユーザーが強磁場で測りたいことを持ち込んでくる感じかな。でもね、たとえば核融合で用いる磁石の基礎研究とかには役立っていると思うよ」

「なるほど」

「あとはさ、単純に物理的な興味として、極端な環境下でどういう現象が起きるか知りたい、ってのもあるね」

「先生、強磁場下での中性子の実験って難しいですよね」

「そうだね、超伝導磁石で実現できない磁場を発生させるのは、一瞬だけ大電流を流すパルス磁場しか手がない。現段階だと、中性子線が出るタイミングに合わせてパルス磁場を当てる方法があるけど、あまり大きな磁場は出せてないね」

「まるでできない、ってわけでは無いんですね」

「ああ、まだこれからだね」


「ねぇ、聖女様、高木さんの相談、そっちのけじゃない?」

 のぞみに注意されてしまった。

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