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聖女様はご案内する

 一般公開初日、杏とのぞみは宿泊施設から自転車で出勤した。東海村は原子力で生きている側面が強く、道路も大きく直線的だ。せっせとペダルを漕いで、実験施設へ向かう。SHEL正門から所内に入っても、まだまだ遠い。職員がそれぞれの持場へ向かってやはり自転車で移動する姿が目につく。

 昨日の打ち合わせ通り、実験施設へ赴き、会議室へ入る。早めに来たつもりだったのだが、人が沢山いる。

「あれ、もうきちゃったの?」

 新発田教授がそう言った。

「いやさ、助っ人の君たちより遅く来る人がいちゃいけないからさ、君たちだけ集合時刻遅く言っといたんだ」

「すみません」

 なんだかよくわからないが、とりあえず謝っておく。

「じゃ、こっち来てよ」

 新発田教授に前に来るよう言われたので、前に出る。

「みなさん、今日、明日、助っ人してくれる、札幌国立大学の二人。まあ、昨日ほとんど顔合わせしてると思うけど」

「神崎 杏です。よろしくお願いします」

 パチパチパチ。拍手されて、ちょっと恥ずかしい。

「緒方 のぞみです。よろしくお願いします」

 パチパチパチ。

 

 その後の打ち合わせで、今日の仕事が割り振りされた。

 杏は、一日中、一般客のご案内である。一般客がバスで到着するのを出迎え、先頭に立って会議室などに案内するなどお世話係である。

 のぞみは、杏同様の案内係もするが、実験教室のアシスタントもやる予定である。

 実は杏は、最初の予定ではのぞみと交代で案内係と実験アシスタントをやる予定であったが、アシスタントは外された。実験では濃い食塩水を洗濯のりに入れて、塩析によりスーパーボールを作る。昨日杏がやってみると、一回も固まらなかったのである。のぞみは一回目から成功していた。杏が三回連続で失敗したのを見て、新発田教授が決断したのである。

 

 九時半になり、一般公開が始まった。始まったわけだが、客はまだ一人も来ない。敷地があまりに大きく、移動に時間がかなりかかるためである。九時半に杏に指定された実験施設入り口で待機するのであるが、当然まだ来ない。五分立っても誰も来ないので、本当に誰か来るのか心配になってきてしまう。雲ひとつ無い晴天がうらめしい。

 

 九時四五分頃、やっと第一便のバスが到着した。たくさん降りてくる。ほとんどが小学生くらいの子とその親だ。まあ、そんなもんだろう。小さい子が何処かへ行かないよう、目を光らせる。

 作業着を着たSHELの職員が手を振って、

「みなさーん、こちらへどうぞー」

と言って、施設二階へ誘導する。杏は殿である。


 最初に、映像を見てもらう。杏にとって面白いレベルにすると一般の人にはわからないだろうし、わかるようにしたらしたで、何が科学的にすごいのか明確でなくなりそうである。ただ、映像越しでも、実験機材の巨大さはよくわかる。本当は一般の人にも生で見てほしいくらいだ。


 映像を見てもらったあと、希望者は会議室のスーパーボール制作体験へ行く。子どもたちのワクワク感がこちらまで伝わる。手伝えないのが残念だ。

 会議室では、のぞみが作業服を着て、手を振っている。

「スーパーボール、こっちでーす」

 子どもたち相手に、実演・指導するのぞみがとても輝いて見えた。

 

 うらやましい気持ちでいっぱいの杏は、ポスター展示の会場へ行く。ほとんどの客は「ふーん」という雰囲気で眺めているだけである。学会のポスターセッションのように、ガン見している人はまずいない。仕方がないので超伝導に関するポスターを眺めていたら、声をかけられた。

「お姉さん、ここで研究してるんですか?」

 小学校低学年くらいの女の子だ。

「私は、ここで研究してるんじゃないんだけど、今日はお手伝いできたの」

「じゃ、研究はしてないの?」

「いつもは北海道でしてるんだよ。来月は、ここの機材で実験する予定なの」

「そうなんだ」

 杏はしゃがんで、女の子と目線をあわせた。

「お姉さんは、どんな研究してるの?」

「私はね、超電導っていう、電気がどんどんどんどん流れちゃう現象を研究してるんだ」

「それは、なんの役に立つの?」

 厳しいことを聞いてきた。

「うーんとね、そうね、例えば電気代が安くなる」

「なんでー?」

「電気ってね、普通は流すと少しずつ減っちゃうの。だから必要な量より多く作んなきゃいけない」

「そうなの?」

「うん。だけどね、超電導だと、必要なだけ流せばいいから、電気代が減るんだよ」

「そうなんだ、すごいね」

「すごいのよ。でも、それがなんでだかよくわかってないんだ。不思議なんだ」

「うん」

「わたしはね、その不思議に挑戦してるの」

「お姉さん、すごいね」

「すごいかどうかはわかんないけど、楽しいよ!」

「楽しいんだ、じゃ、大人になったら私もやる!」

「うん、一緒にやろう!」

 女の子は走り去っていった。

 

 バス第二便からは、杏は積極的に先導役をすることになった。やっぱり若い女性のほうが目立つからである。杏が案内し、のぞみが実験教室をやる。自然な流れができ、一日目はかなり疲れたものの、充実感は強くあった。

 

 夕食はSHEL近所の定食屋に連れて行かれた。定食屋と言っても、メニューは魚ばかりである。太平洋に面した東海村は、実は魚がおいしいところらしい。杏は魚フライ定食、のぞみは焼き魚定食にした。魚のフライはアジ、焼き魚はトビウオであった。のぞみはトビウオのヒレをひっぱっていた。

 

 二日目も、一日目と同様のシフトであるが、残念ながら曇ってしまった。日焼けしなくていいけれど、ちょっと肌寒い。一便目のバスを待ちながら持参の作業服を羽織っていると、のぞみがやってきた。

「関係ないんだけどさ、最近、修二くん、なんかかっこいい作業服着てんだよね。黒いの」

 そう言って、変な流し目をしてくる。

「聖女様のも、かっこいいよね。どこで買ったの」

「働く人のお店」

「ふーん、なんか修二くんのと似てない?」

「そう? 偶然じゃない?」

「私も買っちゃおうかなぁ?」

「ダメッ!」

「えー、なんで~? いいじゃ~ん」

「早く持ち場もどれ!」


 それ以外は一日目と同じように行くかと思ったが、バス三便目がちがった。降りてくるのが若い女の子だらけなのである。しかも杏が声を上げるまでもなく、一直線に杏の方にやってくる。

「ほんとだ~! 聖女様いる~!」

 杏は目を剥いた。

「私達、扶桑女子大附属高で~す。授業で聖女様が今日いるって聞いて、やってきました~!」

 一体誰が情報を流したのだろう。先日扶桑に行ったときは高校の先生には挨拶できなかったから、高大連携授業で澤田教授か宮﨑准教授あたりが流したのか? 杏は聞いてみた。

「誰先生から、聞いたのかな?」

「澤田先生です」

 やっぱりか。うっとうしいので、

「あんたたち、私は本当はビジター! 本職はあっちの人。質問はあっちの人に聞いてね!」

「はーい!」

 なんとか追っ払うことに成功した。

 

 夕食は、打ち上げを兼ねたものになり、近所の飲み屋に行った。総勢十名ほどを新発田教授が率いて行った。どうせ車では帰れないので、皆自家用車をSHELに停めてタクシーで行く。

 その打ち上げ会で、男性スタッフに杏とのぞみは大変感謝された。感謝された内容は、たくさんのJKと話せた、とのことであった。ほかは特に感謝されなかった。

 ただし、新発田教授だけは別だった。

「神崎さん、昨日は娘に良くしてくれて、ありがとう」

「はい?」

 記憶にない。

「娘がね、昨日公開に来ててね、超伝導研究したいって言い出したんだ。なんでだって聞いたら、きれいなお姉さんにいろいろ教えてもらったって。そんな研究してるってパパすごいねって」

 もう新発田教授はお酒と娘さんへの惚気?で、ベロベロであった。

 まあ、来てよかったとは思った。

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