聖女様は帰省する
羽田に着いた。荷物を受け取り、のぞみと二人、到着ロビーに出る。のぞみの母が出迎えてくれているはずだ。のぞみの家にも何回も遊びに行っているので、顔は知っている。いるかな、と探すと優花を見つけてしまった。横に健太もいる。健太の反対にのぞみの母がいた。
手を振って近づく。
「おかえりなさい」
「「おかえりー」」
「ただいまー、ママ」
「先輩、おいで頂いてありがとうございます」
先輩というのはのぞみの母のことである。のぞみの母も扶桑女子大出身で、「おばさん」などと言おうものならたちまち機嫌が悪くなる。ただ、杏としてはその分なぜだか気楽で、のぞみの母とは中学入学時から親しくさせてもらっていた。親しすぎて、のぞみが部活の合宿で不在のとき、杏と優花がのぞみの家に呼ばれたことがあるくらいだ。
そののぞみの母は、杏に言ってくれる。
「うちの車乗ってってよ。お母さんから頼まれてるのよ」
「そんな、申し訳ないです、とは言いません」
それくらい、家族ぐるみで仲良くしてもらってる。優花も同様である。
緒方家の車はミニバンで、五人余裕で乗れる。空港の駐車場から首都高に乗るよりも、川崎の緒方家・神崎家は下道を走ったほうが早そうだ。
いつものようにのぞみは助手席に乗り込んだが、しばらく走ったところで言った。
「久しぶりにみると、東京って狭いね」
杏も、
「うん、狭い。車の運転、怖そう」
と言うと、のぞみ母は、
「そう、慣れなんじゃない」
などと言っている。続けて聞いてきた。
「そういえば、聖女様のご両親、夏、北海道言ったんでしょ」
「はい、先輩。思いっきり満喫してたみたいです」
「そうかぁ、うちも来年行こうかなぁ」
「明くんたちにたかられるかもよ」
「そうだね」
家の前で車から降ろしてもらい、杏はあらためて自分の育った家を見る。半年ぶりだ。
べつに大きい家でもないが、小さな庭に、植木が何本かある。桜もある。今年はこの桜の花を見ることができなかった。
敷地は塀で囲まれている。川崎だと普通だが、札幌ではまず塀がない。敷地も大きい。土地の値段のちがいもあるが、やっぱり雪のせいだろう。
そんなことを考えながら階段を上がり、両親とも仕事でいないはずなので自分で鍵を開ける。
玄関内に入って、
「ただいま~」
と習慣的に言う。もちろん返事はない。九月の熱気のこもった家が、妙に広く感じる。空気の入れ替えのため、とりあえず窓を開ける。
階段を上り、二階の自室に向う。ドアを開けると懐かしさにあふれるが、暑いので窓を開ける。窓からの景色は、半年前にくらべ緑にあふれているが、やはり見慣れた景色だ。何も変わっていない。
二階は暑くてたまらず、一階にもどり、冷蔵庫の麦茶をのむ。吹き出る汗に、北海道と関東の気候の違いを強く感じた。
夕刻、母、続いて父が帰宅した。二人共思っていたよりも早い。久々に帰省した娘のために、二人とも急いで帰宅したのだろう。
ひと月ぶりに、三人で食卓を囲む。今夜はトンカツを母が揚げてくれた。
「おかあさんのトンカツ、やっぱおいしいわ」
「ありがと」
「杏、最近は串かつも作ってくれるんだぞ」
「そうなんだ、今度食べたい」
「うん、今度作ってあげる」
今度とはいつなんだろうとつい考えてしまうが、それを杏は口にできるわけもなかった。
就寝時、自室にもどった杏は、自室がもはや自室でないことに気づいてしまった。
ベッドメイクは母の手でバッチリされている。
とくに何か、杏のものでないものが置かれているわけではない。
しかし、札幌へ持っていった小物類の場所は空いたまま、それよりも本棚から溢れていた本たちが、ごっそり無くなっている。教科書とか資料とかに囲まれて暮らしている杏には、ここはもう、自分の部屋とはちょっと違う感じがして悲しかった。
翌日は予定通り、扶桑女子大に出る。大学最寄り駅でのぞみと優花と待ち合わせし、三人揃って大学の坂道を上る。
「三人揃ってここを通るの、卒業式以来だね」
優花が言う。
「やっぱ、川崎暑いわ」
のぞみが言うと優花は、
「北海道はもう涼しいんでしょ。いいな」
と言ってくるので杏は、
「でも、冬は寒いよ。優花寒いの大丈夫だっけ?」
と聞くと、
「ムリ」
と返ってきた。
「でも、二人がいるうちに一回は行きたいな」
「うん、おいでよ」
杏は心からそう言った。
まず、澤田教授に挨拶に行く。ノックすると、
「入り」
と返事があった。
「「失礼しまーす」」
と言いながらドアを開けると、澤田教授が突進してきた。
「ふたりとも、元気やったか~!?」
大歓迎のハグをされた。腰が痛い。




