聖女様は巡礼の準備をする
翌日、親衛隊・ファンクラブ運営(明)の手により今一度日程表が掲載された。
「聖女様・のぞみん 聖地巡礼予定表」
9月19日 14:15千歳発 15:50羽田着 各ご実家にてご宿泊
9月20日 扶桑女子大訪問
9月21日 東海村SHELへ移動。ビジターセンターにご宿泊(25日朝まで)
9月22日 SHEL一般公開(1日目)
9月23日 SHEL一般公開(2日目)
9月24日 SHEL見学・研修
9月25日 川崎へ移動 ご実家でご宿泊(28日朝まで)
9月26日 扶桑女子大訪問
9月27日 川崎ばなな・焼売真空パック購入
9月28日 12:00羽田発 13:40千歳着
杏は予定表を見て、のぞみに電話をかけた。
「日程表見た?」
「うん、見た。明くんだね」
「あいつ、そんなに川崎ばななとか焼売とか食べたいのかな?」
「あの人、どこまでが本気で、どこまでが冗談か、よくわかんないんだよね」
のぞみの口調は、明のそんなところを容認しているようであった。のぞみがいいのなら、文句を言っても仕方がない。
「だけどさ、あんなの載せられたらさ、全研究室にお土産買わないとまずくない?」
「物理事務室もだよ」
8月末、カサドンが杏の居室に走ってきた。
「聖女様、僕、受かりました」
「え、ホント? やったじゃん」
実は杏は発表日のことなど、頭から飛んでいた。SHEL行きで頭がいっぱいだったのだ。だからほぼ不意打ちのサプライズで、心から嬉しかったのだが、大事なことに気づいた。
「真美ちゃんには言った?」
「まだです」
「バカ、今すぐ行って来い!」
カサドンは走って行った。真美はおそらくお祝いしてくれるだろう。
九月に入り、札幌の風は涼しさを増してきた。自転車での通学は、夕刻はともかく朝は少し肌寒いくらいだ。今月下旬関東方面へ行くわけだが、杏は服装面についてなにも考えていなかった。大学へ向かう自転車を漕ぎながら、茨城の気候が気になった。杏は居室につくと、自席のパソコンで気象庁のサイトから北茨城9月の気温などデータをチェックする。
気温的にはTシャツとかポロシャツで行けそうだが、なんか風が強めな気がする。ウィンドブレーカーくらいはあったほうがいいかもしれない。のぞみに相談してみることにした。この時間ならまだ居室にいるだろう。
階段を降りて、網浜研へ行くと運良くのぞみに出くわした。
「「おはよー」」
「で、聖女様朝イチでどした?」
「のぞみ、茨城さ、準備した?」
「まだ、っていうかまだ早くない?」
「そうなんだけどね、今朝気になっちゃってね。こっちと気候違うじゃん」
「そんなこと言って、もう気象庁のデータは見たんでしょ」
さすがのぞみ、図星である。
「それでもよくわかんなくてね、で、どう思う?」
のぞみは杏の服装を上から下まで見た上で言う。
「まずね、そのサンダルはだめだわ」
「安全靴とかの方がいい?」
「あれね、作業してる分にはいいけど、動かないと足蒸れるんだよ。つま先のカップとか」
「なるほど」
「だから普通にスニーカーでいいよ」
「スニーカーね」
「あとね、基本普通の服でいいんだけどさ、汚したくなかったら作業着、上着だけでもあるといいかも。安いので十分だよ」
「了解。ありがと」
その日夜、自宅近くに作業服屋を探す。遠かったら車で日曜にでも行けばいい。すると驚くことに、自宅から徒歩十分くらいのところにある。朝も七時からやっている。財布の中身を確認すると、充分にある。明日大学へ行く前に行ってみることにする。
働く人のお店は、地図通りすぐ近くにあった。白い汚いワンボックスカーと荷物満載の軽自動車が停まっている。いつもより三十分早く家を出たので、ゆっくり選んでも大丈夫だろう。
店内は、なんかおしゃれである。意外であった。実用重視の商品がぎっしりと並んでいるのを想像していたのだが、アウトドアショップみたいである。後で調べたら、最近は登山とかバイクとかで使う人が増えているらしい。女性用も豊富にありそうだ。
とりあえず店内を一周する。秋冬ものも出始めている。
スニーカーもあった。ピンクで可愛いのがある。しかも安い。買うことにして、買い周り用のかごに入れる。
作業服の上着はというと、かなり種類が豊富である。工場の人が着てそうなのももちろんあるが、アメリカンなバイク屋さんで着てそうなのもある。その中で杏は、国産ジーンズメーカーの作るデニム地のものに目を止めた。かっこいい。ステッチに赤の糸をつかっていて、おしゃれである。圧倒的に黒がかっこいいのだが、これはこれでSHELで目立つであろう。アーミーグリーンなら無難そうだ。サイズは幸いいいのがあったので、試着する。即かごに入れた。
しかし、黒がかっこいい。修二くんだったら似合うかな?と、余計なことを思いついたのがいけなかった。修二に良さそうなサイズはもちろんある。
「修二くんには、もらってばっかりだし、いいよね」
口に出してみた。買いたい。でも勇気がない。だから自分を後押しするのに声を出した。
「私も黒にするかな?」
それはまずい。ペアルックになってしまう。いいんだけど、羞恥心がもたない。
結局、自分にグリーン、修二用に黒を買うことにしてレジに向かった。
「お客さん、サイズ違いますけど、いいですか?」
店員に、聞かれてしまった。
「はい、大丈夫です」
もう顔面が熱い。
自分でも冷静さを失っているのがわかるので、大学まで自転車は押していくことにした。
大学はいつもより、大幅に遅刻した。
買ってしまったのはいいけれど、いまさらながら修二にどう渡せばよいかわからない。
そろそろ修二が大学に着く時間である。もうヤケクソで、榊原研にむかう。作業服はお店の袋に入れただけである。へたにラッピングとかしたら恥ずかしいし、今の勢いをなくしたら絶対にもう渡せない。
修二の居室にノックして、中に入るといつもどおり修二は来ていた。ほかの院生より早く来てくれるのは助かる。
「神崎さん、おはよう。今朝は?」
ときどき実験関係で話を聞きに来ているので、修二はいつもどおりの対応である。
「あ、あのね、作業服買った。よかったら着て」
それだけ言って、ダッシュで逃げた。
その日の帰り、もう一度働く人の店に行った。まずレジをみるが、朝の人とはちがう。ほっとする。自分用に黒を買う。自宅用にする。作業などないが、自宅用にする。予算がやばいのでカードで買った。




