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聖女様は祝福する

 四時すぎ、のぞみと修二と一緒に両親が実験室ツアーから帰ってきた。

「あー面白かった。ねぇ、おとうさん」

「うん、仕事上で研究施設は見たことがあるが、大学は手作り感と言うか、そのへんがすごかったよ」

 修二とのぞみに礼を述べつつも、父の観察眼に杏は感心した。

 研究にはお金がかかる。理論もそれなりにお金がかかるが、実験となるととんでもないお金がかかる。しかし基本的に大学はお金が無い。大学から出るお金では当然研究費は足らず、研究者はなんとかしてお金をかき集めなければならない。大学の研究者は慢性的な資金不足に悩まされているから、実験機材はできるだけ自作する傾向になる。このように、文部科学省系統の研究者はお金が足らず、ただで使える院生がたくさんいる。しかし、研究を行う公務員は他にもいる。経済産業省系統では、お金があるので施設機材は充実しているが、人不足に悩まされている。

 ついでにいうと、えらい研究者は二種類いる。学問が偉い先生と、お金集めが偉い先生である。

 

「わたし、真美ちゃんに会いたかったな」

 母が言う。

「真美ちゃんは今、千葉」

「入れ違いだったね、で、どんな子?」

「そうだね、物事きっぱりしてて、ある意味キャラがのぞみと被ってる」

「カサドン、って子も千葉なんでしょ?」

「カサドンは四年生で、池田研の後輩。面白い子だよ」

「ほう」

「カサドンはこの夏休み、真美ちゃんと夢の国デートするんだって」

「おお」

「カサドンは、男にもてるんだけどね」

「なにそれ」


 父が麦茶の入った魔法瓶を手に取った。

「魔法瓶のこと、デュワーっていうんだな」

「そう。液体窒素とかヘリウムとか、断熱のためね」

「そのデュワーなんだけどな、ハードとかソフトとかってなんだ?」

「真空度のことね。ハードデュワーは、真空度が高く、断熱性が高い。ソフトは真空度が低いものなんだ」

「だったらソフトはだめだな」

「そうとは限らないんだよ。デュワーって、魔法瓶が二つ重なってたでしょ。内側のデュワーに液体ヘリウムを入れると、多少空気が残っていても液体ヘリウムに冷やされて液化しちゃうの。それで真空度が上がって、充分な断熱性が確保されるのね」

「いやね、修二くんに液体ヘリウムを使った実験をしててね、なんだかうまくいってないらしくて、デュワーがソフトか?とか呟いてるのが聞こえたんだよ」

「それかぁ、ヘリウムって、少しずつガラスとか通っちゃうんだよ。液体ヘリウムからヘリウム原子が少しずつデュワーの真空層に入ってきちゃうんだ。それだと真空層内のヘリウムは液化しないので、真空度が下がっちゃって断熱性能がさがるんだよね」

「なおせないのか?」

「ガラスのデュワーだと、技官のひとにやってもらうんじゃないかな」

「なるほど」


 両親は先に家に帰り、杏は研究室でもうひと頑張りしてから帰宅した。

 

 翌日も杏は一日中大学、両親は昼を大学でみんなでとって、午後は札幌観光した。

 三日目は杏の車を父が運転し、富良野観光だそうだ。

 

 その三日目、今日も杏は研究室での作業であるが、昼食は母の作ってくれた四人分の弁当をゼミ室で食べる。

 

「いやあ、なんだか毎日悪いね、神崎さん」

 修二が気を使っている。

「お母さん、作りたいだけだと思うよ。気にしないで。それより、昨日は案内してくれてありがとう」

「いや、自分のやっていることを人に理解してもらうのは嬉しいもんだね」

 明が割り込んできた。

「俺もさ、案内するって言ったんだけどさ、修二のやつ、俺には緒方さんを手伝えって、追っ払われた」

 修二くん、ナイス。のぞみはというと、満足気にうなずいている。

「俺としてはね、修二が緊張してるんではないかと、気を使ったつもりなんだよ」

「緊張するの?」

 杏は聞いてみた。

 修二はちょっと考えてから、

「うん、緊張しなかったといえば嘘になる。やっぱり自分たちのやっていることをご両親には理解してほしいから」

「それより修二くん、ソフトになっちゃったデュワーって、自分で直せるの?」

「ああ、昨日聞かれちゃってたか。お父さんから?」

「うん、昨日訊かれた」

 杏は昨日父にした説明を、もう一度修二にした。

「うん、あってるよ。昨日おかしかったデュワーは、ガラスのだった。お盆明け、先輩に相談して、技官の人に頼むことになりそうだ」

「よかった、間違ってたらどうしようって思ってた」


 杏はそれよりのぞみの資料作成の進み具合のほうが気になっていた。

「のぞみ、サンプル、どう?」

「聞くか?」

「聞く」

 のぞみは、なにかありそうである。

 

 しばらくのぞみは考えて、

「実はさ、昨日、一つできたんだよ」

「やったー! すごいじゃん]

「喜ぶのは早いよ。安定して作れるようにならないと」

「そうだね」

「聖女様にさ、変に期待させちゃいけないと思って、昨日は黙ってた」

「ごめん」

「そのサンプルのね、X線回折のデータ見てるとき、ちょうどご両親いたんだよ。真面目な顔し続けるのが難しかった」

「なんで?」

「いやさ、やっぱカッコつけたいじゃん。一人だったら踊ってた」

「今から踊る?」

「勘弁してよ」


「ねぇのぞみ、今晩飲みいかない?」

「え、なんで?」

「のぞみさ、最近頑張ってるじゃん。お祝い!」

「いいけどさ、聖女様、親来てんじゃん」

「だけど、のぞみの慰労が重要だよ」

「だったら、ご両親も呼ぶか?」

「連絡してみる」


 杏は母のスマホに電話してみた。呼び出し音3回位で出た。

「杏、どうしたの?」

「今、大丈夫?」

「うん、今お父さんの運転で移動中」

「あのね、今夜、のぞみたちと飲んできていい?」

「いいよ」

「のぞみ、実験うまくいってるんだって。ちょっとお祝いしたくて」

「そりゃ大事だ」

「でね、お母さんたちも来る?」

「外で食べるのもいいわね、おとうさん、今夜のぞみちゃんたちと外食する?」

「いいぞー」

 父の声が、スマホから聞こえた。

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