聖女様は襟裳岬で思う
休憩を終え、今度は真美の車を先頭にスタートする。カサドンはなんとか真美の車に乗せてもらえた。
少し走ると、右側に海が見えてきた。海を見ると、なにか心が浮き立つものがある。また、北海道で何回か見た日本海より今目の前にある太平洋のほうが、なにか暖かいものを感じる。
前を行く真美の車は、窓越しにでもなにか盛り上がっているのがわかる。頭がちょこちょこ動いたり、なにか手で指したりしている。千葉県民の二人は、こちらの車とまたちがう感じで海を見ているのかもしれない。
杏のスマホが鳴った。運転中なので出るわけに行かず、修二に出てもらう。
「はい、唐沢です」
二言三言修二は話して、電話を切った。
「なんだって?」
「給油したいって」
「こっちもしとこう」
しばらくしてあったガソリンスタンドで二台とも給油した。ついでにカサドンのスマホに、修二、明、のぞみを登録した。
カサドンは、
「聖女様に電話したら、唐沢先輩が出てびっくりしました。やっぱそうなんすね」
などと言うので、杏が、
「なにがそうなんだか、詳しく聞こうか」
と言うと、カサドンは逃げていった。
景色に緑が広がってきた。柵に囲われた中に、馬が歩いたり走ったりしているのが見える。
「このへんが、静内なのかな」
修二が言う。杏は聞き返す。
「静内って」
「競走馬の牧場とかが多いらしいよ」
のぞみは、
「私、見てみたい。車停められないかな」
というので、
「真美ちゃんに電話してよ」
と返す。
「真美ちゃんでなくて、カサドンね」
とのぞみは言って、電話をかけた。
真美は何台か車が停まっているところで停車した。杏もそれにならい、車を降りる。先客が何人か柵のところで一頭の馬を熱心にみていた。
「私、競馬わかんないけど、この馬、美しいね」
杏がつぶやくと、のぞみに言われた。
「私聖女様が物理以外で『美しい』なんて言うの、初めて聞いた」
杏は憤慨した。
「そんなことないでしょ。たとえば上高地とかで言ってると思う」
「いや言ってない」
「修二くんどうよ」
修二ならばちゃんと聞いているだろうと修二に話をふると、
「うん、聞いてないかな」
などと言う。修二が正直なのはいいことだが、時と場合によると、杏は思った。
たいして距離を走っていないので、また真美に先行してもらう。道は海に近づいたり、山が迫ってきたりといろいろ変わる。今日もいいお天気だが、向きによっては日差しが前から差し、路面がてかって見にくい。杏はダッシュボードからサングラスを出してかけた。
「これね、偏光グラスだから、見やすいんだよ」
この一言で、物理の人は何が言いたいかわかってしまう。
光は、光の進む方向に対して直角な方向に振動している。進む方向に対して直角ということは、上下にも左右にも振動しているということだ。ところが光が反射するとき、上下方向と左右方向の振動の大きさが同じでなくなってしまう。これを偏光と言い、偏光グラスは、特定の方向の振動しか通さない。これで路面に反射する光が抑えられ、ドライバーの目はとても楽になるのだ。
大きな町や小さな町を通過する。町を通過するとき、つい杏はそこにいる人々の日常生活を想像してしまう。杏は川崎にしろ、札幌にしろ都会の暮らししか知らない。もちろん、今通過中の地域は都会に比べれば不便であろうが、人々のつながりにせよ、自然とのつきあいにせよ、自分の知らないことだらけに違いない。
ずっと左側に山または丘で視界を遮られていたが、急に左側の陸地の高さが低くなった。視界がひろがる。襟裳岬が近い。駐車場に車を停めるが、早朝のため、まだ誰もいない。歩いて岬の先端に向かう。
突端という場所につくと、柵で囲われた向こうに岩がだんだん小さくなりながら太平洋に沈んでいくのが見える。振り返ると遠くに日高山脈が見え、その端が直接海に落ちているわけではないものの、地の果てという感じが強く感じられる。今は夏だから暖かな光景だが、秋とか、冬とか、天気の悪い時とか、どんな感じに好み先は見えるのだろう。杏はそんなことを考えながら、声も出ず景色に見とれてしまった。
となりにのぞみがやってくる。杏は声に出してしまう。
「私、北海道来てよかった」
「うん、私もついてきてよかった」
「私、北海道の景色、空気、人、みんな好き。その中で物理をできる。今、最高」
「うん、私もサンプル作って、世界に勝負する。ここで」
真美もやってきた。
「私もまぜてよ」
「もちろん」
なにか臭いことを言ってしまった気がする。それは三人ともそうだったようで、真美が言う。
「まだ、冬を越してないよ。北海道の冬は厳しいよ」
杏は真美の顔を見た。その笑顔をみて、決して否定的に言っているわけではないことがわかる。だから自信を持って言える。
「うん、でもきっとだいじょうぶ」
「そうだね」




