聖女様は襟裳岬に向かう
日曜朝午前四時。杏は車のエンジンに火を入れた。暖機運転をしていると近所迷惑であるから、ごくゆっくりと車をスタートさせ、大学近くのコンビニの駐車場へ向かう。真夏の北海道はもう明るく、ヘッドライトがいらないくらいだ。
コンビニ駐車場はまだ無人であった。飲み物やガム、クッキーなどを買って、冷たい方がいいものはトランクのクーラーボックスに入れる。そうこうしていたら、のぞみがやってきた。
「おはよー」
「おはよう。のぞみ、眠そうだね」
「眠い、超眠い。いつもなら爆睡している時間。でも、この時間でこんなに明るいんだ」
「さすが北海道だよね」
やがて修二と明もやってきた。
「おはよー、誘ってくれてありがとう」
のぞみの慰労目的のドライブであるから、杏は男子に声をかけていなかったのだが、のぞみが男子の同行を希望したのだ。
さらに、軽自動車が駐車場に入ってきた。降りてきたのは、真美とカサドンである。杏は二人が一緒に来るのは知っていたが、だれがどう誘ったのかは知らなかった。
「カサドン、ちょっと」
カサドンをちょっとひっぱって、みんなから引き剥がす。
「カサドン、うまくやったね」
「はい、ありがとうございます。岩田先輩からドライブの話を聞きまして、親衛隊・ファンクラブが行くならまみちゃんずも行かないと、と真美先輩にねじ込みました」
「その理屈はよくわかんないけど、とにかくよくやった、で、あれ、真美ちゃんの車?」
「はい、もしかしたら僕、お持ち帰りされちゃうかもしれません」
「調子にのるな」
杏の車にのぞみ、修二、明、真美の車にカサドンと分かれて出発した。なお、今日の助手席は修二である。のぞみが後部座席を希望したからだ。明がいつもの助手席をすすめたのだが、多分寝てしまうと遠慮された。実際出発して数分で、真美は寝てしまった。バックミラーでそれを見た杏は、
「みんなも眠いでしょ。遠慮せず寝ていいよ。景色良くなったら教えるから」
と言うのだが、修二は、
「いやいや大丈夫だよ。運転させるだけさせて僕ら寝るなんて」
と言う。明も、
「そうだそうだー」
と言ってくれる。さらに明は、
「最近のぞみん、相当頑張っているみたいだよ」
なんて言う。
「なんで?」
と杏が聞くと、
「最近メール減った」
と言われた。
「そうなんだ、のぞみが明くんにメールしてるとか知らなかった」
「ああ、メールの内容も、今日何したとか、何食べたとか、言ってきたり聞かれたりとか、大した内容じゃないから、とりたてて聖女様に言ってなかったんじゃない?」
修二が口をはさむ。
「明、おまえ、大した内容じゃないって、重要なことなんじゃないか?」
「そうなの?」
「あのなぁ、おまえちゃんとメール返してるんだろうな」
「ちゃんと返しているよ。俺のところに来る女性からのメールなんて、のぞみんをのぞけば母さんと聖母様くらいだからね」
杏は「ふーん」と思いながら運転していた。のぞみの恋愛は、それなりに発展中らしい。よかった、よかった。
いや、よくない。
「明くん、今の話、最後誰からだって?」
「聖母様」
「も、もしかして、修二くんのところにも来る?」
「うん、もちろんだよ。今日の話もしてるよ」
「そうですか」
とりあえず距離を稼ぐため、高速道路に乗る。路面も良い。車のパワーもある。道も空いている。ただ、パトカーが怖い。
札幌から南下する高速道路は、運転自体は快適である。ただ、景色は空がひろいだけで、あまり良くない。眠気を防ぐためにも会話に力を入れる。
「真美ちゃんさ、車買ったんだね」
「そうらしいね、驚いた」
修二がのってきてくれた。明が後続する真美の車を振り返りながら言う。
「軽自動車だけど、なんか似合ってるね」
「かわいいよね」
杏が同意すると明は、
「そのかわいい真美ちゃんのとなりにムキムキマッチョのカサドンか」
などと失礼なことを言う。
「カサドン、真美ちゃんのこと好きみたいだよ」
「やっぱりそうか。うまくいくといいね」
「うまくいっても、尻にひかれるか?」
「誰だ今言ったやつ、真美ちゃんにチクるぞ」
のぞみが起きて言った。
カーナビによると、海がかなり近づいてきていた。杏は、
「高速降りていい? 海近い」
とみんなに聞いた。
「いいけど、なんで」
のぞみが聞き返してくる。
「多分高速、あんまり景色良くない。海遠い」
「賛成賛成」
みんなの賛成で高速を降りる。真美はついてきている。高速を出てしばらく走ったところにあったコンビニに入った。
それぞれ缶コーヒーやらお茶やら飲みながら休憩する。杏は真美から文句を言われてしまった。
「聖女様さ、急に高速降りるんだもん、びっくりしちゃったよ」
「だってさ、連絡手段ないじゃん」
「聖女様、スマホって知ってる?」
「ごめん、考えが回らなかった」
杏はみんなに笑われてしまった。冷静に考えれば修二か明かのぞみが連絡すればよかったのだが、やはりみんな早起きのせいでどこかボケているのだろう。真美は文句を続ける。
「カサドンひどいんだよ。高速乗ったらすぐ寝ちゃってさ、わたし寂しかった」
「真美先輩、さっきから謝ってるじゃないすか。昨日よく寝れなかったんすよ」
のぞみがちゃかす。
「カサドン、私と代わる? 私聖女様の車でよく寝たから元気だよ」
「勘弁してくださいよ~」
杏は真美に言った。
「真美ちゃん、研究室の先輩たる私がカサドン締めとくから、ちょっとカサドン貸して」
「どうぞどうぞ」
杏はカサドンをコンビニの横に引っ張って言って聞いた。
「なんでよく寝れなかったのかな?」
「そんなの決まってるじゃないすか。嬉しくて寝れなかったんすよ」
「真美ちゃんに言ってあげようか?」
「ホント、勘弁してください」
杏はカサドンが可愛く見えてきた。




