聖女様はファンクラブをつくらせる
というわけで、大学の北の方、教養の近くの店に向かう。イタリアンのレストランだが呑むこともできるそうだ。真美が店に入りながら言う。
「四名おねがいしまーす」
「ご、五名でお願いしまーす」
明がかぶせてくる。
「なんでよ」
真美が詰問するが
「修二呼んだ」
明としては味方が欲しいのだろう。杏としては異論はない。
店内は大学生と思しき若者でいっぱいである。明が
「いやー、若者でいっぱいだね」
などと言う。
「私達も若者だよ」
のぞみがそう返す。そうではあるが、大学一二年生とはやはり雰囲気が違い、杏はジェネレーションギャップを感じた。しかしそれを口にするのは、ちょっと自尊心が許さなかった。
杏はとりあえずカルボナーラを頼んだ。ワインはよくわからないのでグラスワインにする。
注文をしていたら、修二が合流した。
「神崎さん、なににした?」
と、嬉しいことを聞いてくる。
「カルボナーラとグラスワイン」
「じゃ、ぼくも同じで」
とりあえず飲み物がそろったところで乾杯となった。なんとなく促され、杏が音頭をとる。「雑誌会、お疲れ様〜!」
「「「「おつかれ〜」」」」
ワインは美味しかった。思わず一気飲みしそうになるレベルである。
「おいしい、このワイン。真美ちゃんお店教えてくれてありがとう」
「いいでしょー。三年まではよく来ていたんだけど、研究室入ってからは忙しくてね。私も久しぶり」
「扶桑でもそうだったね。三年までと四年からは同じ大学生と思えないレベルだよね、ね、聖女様?」
「そう?」
杏としては、三年だろうと四年だろうと物理漬けだったから、大きな差は感じなかった。
「ごめん、あんたはそういう人間だった」
「そうなの~?」
真美が食いついた。のぞみが説明する。
「聖女様はさ、履修制限を超えて授業でちゃうんだよ。単位なんかあまってた」
「別にいいじゃん」
「バイトもあんましないし、下手すりゃ遊びに行くの断って勉強してたからね」
「すごいね」
「そうなんだよ。高校まではそうでもなかったんだけど、大学からはもうね」
「だって、好きな物理が勉強し放題だよ。図書室とか、宝の山だよ」
女子二名は冷たい目、男子二名はキラキラした目である。
「とにかくさ、聖女様はそういう人なんだよ、わかった修二くん」
「なるほど」
返事をしたのは、なぜか明である。
「コラッ!」
明の向かいの席ののぞみが、テーブルの下で明を蹴っ飛ばした。
料理も美味しく、お酒も美味しいので杏は気持ちよく飲食していたが、グラスワインは二杯目でやめていた。昨日記憶をなくしたばかりである。真美も同様なのか、グラスは空いているが次のものを頼もうとはしていない。
しかしのぞみは違った。もうビールのジョッキを四杯も空けている。
「ちょっと~、飲みすぎじゃな~い?」
杏はブレーキをかけようとしたが真美が、
「まあ、いいじゃん。今日くらい飲ませてあげよう」
などと言う。
「お店もさ、騒いでも大丈夫なんだよ、ここはさ」
見回せば確かに周りの学生は結構さわいでいる。店のオーナーは、小洒落たイタリアンを目指して開業したのだろうが、すっかり学生の溜まり場と化してしまったようだ。
「ちょっとトイレー」
のぞみがまたトイレに立った。もう三回目である。そろそろやばい。真美に聞いてみる。
「真美ちゃん、のぞみだいじょうぶかな。なにかあった?」
「うーん、あったというか、なかったというか」
どうも要領を得ない。
「明くん、なにか知ってる?」
「知らなーい」
明は呑気に答えている。修二が怒り出した。
「そもそも、なんでお前、女子に捕まってるんだ? なにやったんだ?」
真美が杏に聞いた。
「教えてちゃってもいいかな?」
「うん、いいや」
と、いうことで事の顛末を真美が修二に伝えた。修二は腕を組んで目をつむっている。結構不快なのだろう。
しばらくして、のぞみがもどってきた。
「あれー、修二くん、寝ちゃった?」
「いや、寝てない。それより今回は、明が申し訳ない」
「修二くんは謝る必要ないよ~ エヘヘヘヘ」
のぞみはかなりフラフラである。さらに飲み物を頼もうとするので、杏は必死に止めた。
「ええ~、もうダメェ~?」
「「ダメ」」
「そっかー」
のぞみはそう言いながら、テーブルに突っ伏してしまった。
「のぞみんファンクラブはないのかなぁ。なんで明くん、聖女様親衛隊なのかなぁ」
のぞみが小声で言った。
杏はのぞみとの付き合いは長い。中学入学以来だからもう十年になる。しかし、こんなに参っているのぞみを見るのは初めてだった。そこに先程の発言である。明を見やると、修二と話し込んでいるようで、今の発言は聞いていないらしい。杏は、
「明くん、修二くん、悪いんだけどちょっとだけ席外してくれないかな?」
と頼んでみた。明は、
「ヤダー」
とか言っているが、真美が怖い顔で、
「ちょっとトイレ行って来い」
というので、やはり怖い顔の修二が明を引っ張って行った。
杏は聞いてみる。
「真美ちゃん、もしかしてのぞみって、明くんのこと……」
「うん、多分」
「そっか、私、友達だと思ってたけど、全然気づいてなかった。私自分のことばっかりで……」
「気にすること無いよ。だってのぞみ、かなりわかりにくいもん」
杏は結構、落ち込んだ。
落ち込んでばかりもいられないかと顔をあげると、修二が向こうで心配そうにこちらを見ている。杏が頷くと修二が明を連れて戻ってきた。
杏は明に話しかける。
「明くん、親衛隊のことは許してあげる」
「え、いいの?」
「アカウントも続けてもいい」
「うぉー、やったー、公認だ!」
「ただし、条件がある」
「はいはい」
「のぞみんファンクラブもやんなさい」
「はい~?」
「やるの。明くん会長ね」
「ええ~、隊長に会長~?」
ここで真美が切れた。
「本気で怒るよ」
「サーセン」
「明くん、終身会長ね」
「それいい」
杏は真美のアイデアに賛成した。
その日はそのままのぞみが潰れ、杏と真美はタクシーで送っていった。強制的に明も同行させ、タクシー代を払わせた。




