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聖女様は親衛隊を結成される

 雑誌会一日目はほとんど理論で、最新の理論の状況がよくわかった。自身の発表については大きな問題も発生せず、一安心であった。

 明日は物性の実験系の発表だらけであるから、これは杏にとっては楽しみである。日頃から論文のチェックは怠っていないが、なにが今の大きな話題かというのは、やはり人の口から聞く方がわかりやすい。そんなことを考えながら会場を出ようとすると、のぞみに呼び止められた。真美も一緒である。

「聖女様、今日、夕食一緒に食べよ」

 のぞみと真美の発表は明日である。なにか発表についての相談でもあるのかと考え、杏は気軽に応じた。

「うん、いいよ。中央食堂ね」

「いや、会館にしよう」

 会館とは、大学の敷地の南側にある建物で、講堂などが入る共用施設である。学食もあるのだが、理学系からはちょっと遠いので滅多に行かない。

「なんで会館?」

「まあ、あとで話す。六時にここの玄関に集合しよ」

「わかった」


 杏は居室に帰ると、すでに時刻は午後五時すぎである。まとまったことはできそうにないので、今日の雑誌会で面白そうだとおもったトピックをパソコンで調べてみる。

 論文を三つほどダウンロードしていると、もう五時五十分をすぎている。夕食後はそのまま帰宅することにして、池田教授や研究室のメンバーに挨拶して玄関に向かう。

 玄関ではすでに二人が待っていた。杏は、

「ごめーん、おくれちゃった?」

「ううん、私たちが早かっただけ」

「じゃ、行こうか」

 三人連れ立って、会館へ向かった。


 道すがら、杏は聞いてみる。

「わざわざ会館の学食って、なんかあった?」

「うん、ちょっと知り合いのいないところじゃないとできない話がね」

 のぞみの説明は、要領を得ない。真美が言う。

「高いけど、いっそ外に出ちゃう?」

 のぞみが応じる。

「駅まで行っちゃう?」

 杏はちょっと心配になった。

「私は終わったけど、のぞみと真美ちゃんは発表明日でしょ? 大丈夫?」

「うん、大丈夫だよね、真美ちゃん」

「うん」

「じゃあ、ちょっと呑む?」

 杏は軽い気持ちで言ったのだが、そこでのぞみが暗い顔になった。

「呑むなら杏の家にしよう」

「え〜、大丈夫だよ。いつも記憶無くすわけじゃないよ」

「いや、今日の話題は記憶なくすパターンだと思う、そうよね真美ちゃん」

 真美も真顔でうなずいた。

 

 そういうわけで、今夜は杏の家でお泊りとなった。一旦解散しお泊りセットを持って杏の家集合とする。食事と酒は基本杏が用意し、あとでワリカンにすることにした。

 杏は帰り道の途中のスーパーで、とりあえず酒だけ購入する。食べ物に関しては、一旦冷蔵庫を確認し、もう一度買い出しに行く作戦だ。最近の杏は安い赤ワインにはまっているので、二本買う。のぞみはビール好きなので北海道銘柄のものを、真美は日本酒党である。結構重い。

 帰宅しとりあえず冷蔵庫にビールを押し込みつつ、食品の在庫を見るとろくに無い。さっきのスーパーに急行する。

 時間もないので野菜炒め用の野菜、肉を二人前、お惣菜売り場の焼き鳥とか揚げ物類を適当に買う。杏は食べないが刺し身を買っておけば二人は喜んで食べるだろう。ご飯は冷凍しておいたのが十分あるはず。明日の朝食用にフランスパンを一本買っておく。

 

 家に荷物を置いて時計をみると、すでに七時半である。もういつ二人が着いてもおかしくない。杏はいそいで引きっぱなしになっている布団を片付け、かわりにちゃぶ台をおいた。つづけて野菜炒めを作り始める。

 野菜炒めを盛り付けていたら、呼び鈴が鳴った。二人揃っての到着であった。

「「おじゃましまーす」」

 二人共お泊りセットであろう若干の荷物の他に、酒やらつまみやら持っている。記憶をなくすまで飲む前に、満腹でダウンするかもしれない。

「あがってあがってー」

 呼び入れれば二人共何回も杏の部屋に来ているので、案内しなくても奥の寝室に直行した。

 杏が野菜炒めと刺し身を持って寝室に行くと、二人は持参のつまみとビールを並べていた。最近は席もきまっており、寝室入り口から最も遠い上座に杏、となりに真美、入り口近くにはのぞみが陣取る。杏としては自宅なので入り口近くでいろいろ物の出し入れをすべきかと思うのであるが、のぞみはフットワークも軽く、自分の家かのように必要なものを取ってきてくれる。それを見て真美は、

「ワシの嫁になれ!」

と叫ぶのが深夜の恒例行事になりつつある。


「かんぱーい!」

 とりあえずビールで乾杯した。グビッグビッと飲むと、

「イヤー!」

とか、

「クー!」

とか、なんかおじさん臭い言葉が出てしまう。周りの目が無いので本性むき出しだ。


 ビールとおかず類を堪能し、そろそろワインかと杏がグラスに手を伸ばしたとき、のぞみが

「今夜はちょっと」

と、ストップをかけた。そういえば話があるはずだった。

「そういえば、なんだっけ?」

 杏が聞くと、のぞみがスマホを出した。

「まあ、これ見てよ」

 覗き込むとつぶやいちゃう系SNSで「SKD聖女様親衛隊 親衛隊長AI」とある。

「SKDって何?」

「札幌国立大学だと思う」

 のぞみが即答する。もう嫌な予感しかしないが、敢えてとぼけ倒すことにする。

「うちの大学に、私以外に聖女がいるんだね」

「いや、あんただと思う。読めばわかる」

というわけで、古いものから読んでみた。


 4月◯日 ついに聖女様が北の大地に降り立った。みんなで聖女様を守り、応援しよう。ただし我々は聖女様に存在を知られてはならない。陰ながら聖女様の学問を、青春をバックアップするのだ!

 

 4月◯日 まもなくゴールデンウィークだが、おそらく聖女様は物理漬けの日々であろう。皆のもの、邪魔をしないように。

 

 5月◯日 今日の聖女様は、いつもどおり授業で大活躍。教授もタジタジの質問攻めであった。吾輩は陰ながら快哉を叫びたいところであった。なお昼食は、ハンバーグカレーであった。

 

 5月◯日 今日も聖女様の昼食は、ハンバーグカレーであった。おそらく来週もハンバーグカレーであろう。同志はみなハンバーグカレーを食べるのだ!

 

 5月◯日 同志諸君、今日は親衛隊最大の成果が挙げられた! 聖女様と親衛隊でハンバーグカレーを堪能したのだ! ただ残念なことがある。名誉隊員SKは、名誉隊員であるにもかかわらず、日替わりランチを食していたのだ。同郷の者として吾輩からそれとなく注意する故、隊員諸氏はどうかいましばらく待っていて欲しい。

 

 基本的に記事の投稿は、榊原教授の授業の曜日のようだ。各記事には、当然ながらいろいろリプライもついていた。「ハンバーグカレー最高!」「バーバラ教授がんばれ!」などである。「バーバラ」は一部院生が榊原教授につけているあだ名である。男子の大半がハンバーグカレーを食べていた日があったことも思い出した。

 杏はワインの栓を開けた。すかさず、真美が止める。

「聖女様、まだ飲むのはがまんしよう」

「だけどさ、これひどくなーい? だいたいAIってだれよ? 人工知能か!?」

「アキラ イワタ」

 なるほど、やつならやりそうだ。許さん。

「SKは?」

「シュージ カラサワ」

 杏はワインをグラスに注ぎ、とりあえず一杯一気飲みした。

 

「まあまあまあ、こいつら実害は今んとこないんだけどさ、これがひどいんだよ」


 6月◯日 雑誌会も近い。聖女様の活躍を期待しよう! ただし、我らは秘密の存在であることを忘れてはならない。慎重に行動されたし。

という記事についてのリプライをのぞみが問題にしていた。

「ノゾミンに気をつけろ! 隊長がスマホやってると鋭い視線を送っているぞ」

「マミちゃんも危ない。一緒に殺人光線を送っている。隊長はしらないだろうが、ヤツは怒らせるとヤバい」

「了解した。仁王様達には最大の注意を払う」

 たしかにこれはひどい。のぞみがプンプンしているし、真美は一升瓶をかかえて怒っている。


 そして今日の投稿である。

 6月◯日 雑誌会初日である。聖女様と名誉隊員SKは並んで着席している。頑張れSK!


      聖女様の質問第一号は、原子核関連であった。専門外でも躊躇なくぶっ放している!

      

      聖女様質問第二号は、宇宙論であった。俺のときはお手柔らかに。

      

      本日の昼食は、安定のハンバーグカレーである。発表にも期待したい。

      

      いよいよ聖女様の発表である。けっこう難しい。

      

      質疑応答で聖女様逆襲! 網浜教授ピンチ!

      

 結局今日だけで十回くらい投稿している。どうしてくれよう。

 

 リプライは一杯ついているが、一つ目についたアカウントがあった。「親衛隊川崎支部YK」

「優花だな」

 のぞみがぼそっと呟いた。

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