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聖女様は論文を探す

「あんたぁ、なにしとるん」

 ゴールデンウィークが明けて杏が研究室で勉強していると、池田教授がやってきて杏に聞いてきた。「なにしとるん」は北九州出身の池田教授が誰かに話しかけるときの口癖である。

「はい、次のゼミの下調べ中です」

「そうか、ちょっとゼミ室まで来てくれ。田村くんも」


 ゼミ室へ行くと、立ったまま池田教授が話し始めた。

「神崎さん、六月に入ると『雑誌会』とういのがあるのを知っとるか」

「いえ」

「田村くん、教えてあげてくれ」

「はい。神崎さん、『雑誌会』っていうのは、簡単に言うと論文紹介のゼミを、教室でやるんだ。発表者はM1全員、聴衆は先生全員と四年生、院生だね。二日かかる。まあ、聴く方は全部を聴く必要はなくて、興味あるところだけでいいんだけど」

「なんとなくわかりました」

 続けて池田教授が指示する。

「その紹介してもらう論文だけど、一週間あげるから自分で選んでみてよ。相談にはのるからさ」

「「わかりました」」


 そういうわけで、発表する論文を探すために、月に一回程度の予定の書庫通いが毎日にすることにした。ゴールデンウィーク中に幾つか新しい論文を見ていたが、それが雑誌会で発表するのに適切か、まだ判断できなかった。ただ、書庫通いをするといっても普段の研究・学習を減らせるわけではないので、書庫に行く時間はどうしても午後遅くとか、場合によっては夜になってしまった。杏としては、一週間と期限を切られていたので、多少の無理はするつもりでいた。

 

 論文の探し方は、以下のように行った。

 まず、書庫へ行って主要な学術誌の目次をパラパラと見る。その中で気になったものについて、ページをめくって本文を斜め読みする。本格的に読んでみようと思うものについては、雑誌名や著者などをメモして居室に帰る。

 居室に戻ったら、自分用のPCで検索をかけ、オンラインでもう一度ざっと読んで、必要ならばプリントアウトする。

 杏としては、アンダーラインを入れたり書き込みをしたりしながら読むので、どうしても紙が必要なのだが、二日もするとプリントアウトした論文が結構な分量になってしまっていた。なぜなら、「レター」と呼ばれる速報性の高いものなら二、三枚程度だが、「フルペーパー」となると、十ページではきかないものが普通だ。実験ならレターも結構あるが、理論を学ぶ身としては、雑誌会で発表するのに実験の論文を選ぶのはちょっとためらわれた。


 論文探しをすること三日目、今日もプリントアウトした論文が増えてしまった。研究室で夜残って読み進めているのだが、あまり遅くになると良くないので、どうしても自宅まで持ち帰ることになる。

 自宅の勉強机に論文を広げて読んでいると、どうしてもお腹が空いてくる。夕食は学食で食べているのだが、学食は七時で終了なので深夜にかかると空腹に耐えられなくなってきて、集中力も下がる。買い置きの食料などつまみ食いしながらの勉強と鳴ってしまった。

 四日目に至って、杏は書庫へ行くのをやめた。もうこれ以上、候補の論文を増やせないからだ。今あるものを週末まで使って頭に入れようと決心する。

 

 さて、金曜日の夜。どっさりと持ち帰った論文を勉強机に並べ、ちょっとでも読み進めようとするのだが、やはり空腹である。実はそれに備えておにぎりやらサンドイッチやら、調理無しで食べられるものを少し買ってから帰宅していた。スナック類もある。

 杏は、明日の土曜日は研究室にはいかないことにしていたから、寝坊覚悟で深夜まで論文に取り組むことにしていたのだ。

 

 論文を読むのにパソコンも起動する。論文が参照している別の論文をオンラインで読むためだ。参照している論文までプリントアウトすると切りがないので、それはあくまで画面上で読む。少しわからないことは教科書で調べる。ちょっと計算したり、自分なりにグラフを書いたりする紙も必要だ。夜食を食べながら論文に没頭していると、午前一時になっていた。あたまに霞がかかってきたので寝ることにする。

 机の上は、飲食物のみ片付ける。論文やら教科書やらは、どうせ明日続きをやるからだ。

 

 翌土曜日、午前十時。寝すぎてしまった。時間がもったいないので寝間着のまま勉強を始める。

 インスタントコーヒーを淹れ、トーストをかじりながら論文を読む。

 論文の上にはトーストのクズやら昨晩のお菓子のクズやらが散っており、ちょっとみっともないが一端の研究者気分である。

 

 昼の二時近くになったところで、昼食を摂ることにした。土日と論文読みに集中したいので、簡単に調理できるものを多めに買ってくることにする。脳には糖分が必要なのでお菓子も必要だ。お菓子はかさばるので、スーパーまで近いが車を出すことにする。

 

 そうして杏は、土曜日曜と、しっかり論文を読んだ。なんとか雑誌会で紹介する論文も選べた。三ヶ月前に米国の論文誌に出ていた、最近の高温超伝導の理論的研究をレビューしたものである。レビューなので著者の斬新なアイデアとかもないし、ちょっと長いので紹介が大変そうではあるが、杏がこれから本格的な研究生活をスタートする上で有益と思われるからである。

 

 日曜の夕日も沈んでしまったが、平日の朝食など、少し買い出しに行こうと思った。日曜日の一日、ついパジャマのままですごしてしまったので、いつものGパンに履きかえる。

 

 ここで杏は重大な事実を気付いたのである。Gパンがきついのである。

 

 思い返せばここ一週間、深夜にポリポリと揚げ餅を食べながら勉強していた。ほぼ一日四食と言っていい。ここ二日に関しては、一日中なにか食べながら勉強していたのではなかろうか。見ればゴミ箱の中身も、通常の日曜よりはるかに多い。バナナオーレのパックが目立つ。

 

 さらに大変なことに気付いてしまった。

 将来、プロの研究者になったら、ついこんな食生活を続けてしまうのではないか。そうしたら自分の体重はいったいどうなってしまうのか。

 

 こうして杏は、研究を続けていく上で大事なことに気付いたのである。節度ある生活を続けていかなければならない。

 

 明日からの食生活を考えて、心が重くなる杏であった。

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