聖女様は北海道の連休を満喫する
四月下旬、榊原教授の授業に出たあと、いつものようにM1の仲間たちと学食で昼食を摂っていた。
「聖女様とかのぞみとか、連休どうするの」
真美が聞いてきた。
「うーん、私は少し北海道の観光したい。真美ちゃんいいとこ知らない?」
のぞみが逆にきいてきた。
「富良野とかいいよ。そんなに遠くないし」
「宿取れるかな」
「正直、少し難しいと思う。頑張れば日帰りできるけど」
「そうだ、聖女様、ドライブ行こう!」
杏は急にふられて困った。
「え、急に言われても。私にも予定ってものが」
のぞみが断じる。
「どうせずっと勉強する気だったんでしょ」
「なにそれ!」
真美が驚いている。のぞみが説明する。
「去年なんかさ、聖女様、ずっと研究室にいたんだよ。ま、実際に勉強できたわけじゃないけど」
「去年は大変だったねー」
「聖女様はさ、もう陣頭指揮って感じで大活躍だったよ」
明がのってきた。そこからしばらくは、去年、「実験物理 若手の学校」の宿の確保に奔走した話題になった。
「でさ、六月にはその上高地の宿に下見に行ったってわけよ」
「なるほど」
「聖女様ったらさ、ついたら早々にぬいぐるみ買ってんだもん、あれはウケた」
のぞみが余計なことをバラすので、一応杏は言い訳する。
「リサーチだよリサーチ」
「欲しかったんでしょ」
「リサーチ」
「欲しかっただけでしょ」
「うん」
杏は降参した。明が更に言う。
「聖女様はさ、その緑のカッパを抱きしめながら『浮かれてんじゃない』とか怒ってたよな」
「うるさい!」
しばらくみんなでワイワイ盛り上がっていたが、真美が言った。
「緑のカッパは自分で買ったとなると、ピンクは誰に買ってもらったの?」
杏は学食から逃亡した。
結局杏のゴールデンウィークは、原則大学に出て勉強、時々遊び、となった。
ドライブについては、少しでも人での少ない日を狙って平日に富良野に花見に行くことにした。北海道はゴールデンウィークが桜の季節である。
連休初日は、普通に大学に行った。札幌国立大学は観光地でもあるので、学内はそれなりに人が行き交っている。しかし建物の中に入ってしまえば流石に観光客はいない。人が少なく、快適である。
池田研については、池田教授は連休中はしっかり家族と休むそうである。他のメンバーは、カレンダー通りに来たり休んだりするそうだ。したがってカレンダー上では休みの今日は、杏が研究室独占である。午前中は研究室を出て書庫に赴き、論文漁りをすることにした。
現代では、研究論文はすべてネット上で手に入る。自分の専門分野ならば検索も慣れているし、人からの情報もあるので問題ない。しかし専門外となると良い検索ワードを知らないし、そもそも今、何が面白いか知らない。そんなとき、有名な科学誌をパラパラとめくると、少し古くはなってしまうがトレンドが見えてくる。扶桑時代から、杏は少なくとも月に一回は書庫にこもって紙媒体をチェックするようにしていた。札幌に来てバタバタの日々が続いていたので、やっと落ち着いて書庫にこもることができるのだ。
研究室を出て階段を上がり、書庫へ向かう。休日であるから鍵がかかっているが、院生以上には鍵が貸し出されている。鍵についた紐を指にかけ、くるくる回しながら書庫のドアまでやってきたところで、先客がいることに気がついた。明かりがついている。
ドアを開けるとのぞみだった。
「あれ、のぞみじゃん」
「おー、聖女様」
「休日まで、えらいね」
「聖女様に言われたくないわ」
「はは、でも珍しくない?」
「いやあ、札幌来てから慣れなきゃいけないことが多くてさ、落ち着いて論文見る暇がなかったんだよ」
「私もおんなじ」
いくら二人しかいなくても書庫で騒ぐのは憚られ、昼までは静かに色々な論文をチェックした。
昼食であるが、休日なので学食はやっていない。二人でコンビニまで歩いていくことにした。
階段に出たら、修二と明がやはり外出しようとしている。
「こんにちは」
杏が男子二名の後ろから声をかけた。
「あ、こんにちは」
「やっぱりいた」
男子二名は嬉しそうである。明が言う。
「池田研まで行ったんだけどいないんだもん、驚いたよ」
「書庫行ってた」
男子も含め、コンビニで昼食を買ってくることにする。
「これでさ、優花と健太くんがいたら、去年と一緒だね」
杏がそう言うとのぞみが提案する。
「SNSで聞いてみよ!」
のぞみがスマホで連絡してみる。大学の正門にたどり着いたあたりで、のぞみのスマホが鳴った。
「うわ、あいつらデート中だよ」
「最悪!」
コンビニでそれぞれ昼食を買い、大学構内の草地に座ってランチにした。
札幌は、川崎と比べると季節が一ヶ月ほど遅い感じだ。
「春だねー」
誰かが言う。
「春を二回迎えた感じだね」
また誰かが言う。
「来年は、一回だけだけどね」
「そうだ、写真優花たちに送ろう!」
連休の合間の平日、約束通り真美を交えてドライブに行く。
メンバーは運転手の杏、のぞみ、真美、修二、明の五名。席の配置だが、助手席にのぞみ、後部座席の真ん中に、なぜか真美が座りたがった。
「両手に花、いや両手に男子だー!」
とか、色気の無いことを言っていた。なんでも、
「理系が男だらけだからって、女がもてるわけじゃないんだよ。結局学科の男たちは外で彼女作ってる」
とのことだ。女子大出身者には知らない情報だ。
「すでに札幌では私の性格はバレてる。だから東京の人たちにもてるしかない」
札幌から高速に乗り、二時間弱で目的地についた。早朝に札幌を出たのでまだ時間がかなり早く、人も少ない。
「ちょっと寒いね」
修二が杏に話しかけてきた。
「うん、関東だと3月の終わりぐらいって感じかな」
桜のある公園は、他にも多くの樹が植えられているが、まだ葉がついていない。落ち葉の残る道を五人で歩いていると、桜の樹が見えてきた。まだ五分咲きくらいだろうか。
広場にシートを広げて座る。杏は思わず呟いた。
「今年、桜見れるって思ってなかった」
今年札幌にやってきた他の三人も、同じことを言う。
「よかったね。私もみんなと一緒に見れてよかった」
真美が言った。
修二が寝転んだ。
「いい気持ちだよ」
杏も真似をする。それを見た他の三人も真似をする。
視界の真ん中に青空、周辺を桜の木々がとりまいている。
「聖女様、起きてよ」
杏は、とつぜんのぞみに揺り起こされた。どうやら寝てしまったらしい。
「今日は寝るの早いよ。飲んでないのに」
のぞみが冗談交じりに言う。
「運転、大変だったかな」
修二がフォローしてくれた。とりあえず否定しておく。
「そんなことないよ、私運転好きだし」
明が聞いてくる。
「そういえばさ、札幌に来たときから思ってたんだけど、聖女様って運転上手いよね」
修二も言う。
「うまいっていうか、メリハリがあるというか」
杏は答える。
「実は二月にこの車買ってもらって、お父さんに結構鍛えられた。箱根とか運転させられた」
「なるほどー」
そんなことを言っている間に誰かのお腹がなった。今回は真美とのぞみがおにぎりを握ってきた。男子はおかずを買ってきた。ガソリン代、高速代はワリカンして、運転手代を昼食で払うということらしい。杏はせめてもと、ポットにほうじ茶をつめてきた。おにぎりを食べ、ほうじ茶をすすり、みんな幸せだった。




