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聖女様は一人暮らしをはじめる

 札幌生活二日目を迎えた。まだ暖房もないので、寒い。

 朝食を食べても体が冷え切っているので、九時まで寝袋の中でゴロゴロする。

 

 アラームが鳴ったので起きる。池田研究室に電話を入れる。

「神崎杏です。昨日北海道につきました」

「ああ、よく来たね。引っ越しはどうだった?」

「まだ部屋の中は、なんにもありません」

「そうだよね、こちらは急がなくていいから、ゆっくり生活基盤を整えるといいよ」

 ありがたく、数日かけて部屋を整えることにさせてもらった。

 

 まず、ホームセンターに向かう。通販という手も考えたが、実際の大きさを見たい。電子レンジ、炊飯器、電気ポット、掃除機、石油ファンヒーター、灯油タンクなど買うものは限りない。車と売り場を何回か往復する。

 家具売り場では、小さな食器棚とダイニングテーブル、椅子は一つだけ買い、配達を頼む。

 カーテンのサイズを測り忘れていることに気がついた。巻尺と、簡単な工具類を買う。

 

 一旦帰宅し、ショッピングモールへ向かう。食器や生活雑貨はちょっとでも可愛いものが欲しくて、ホームセンターではやめておいたのだ。フードコートで昼食をとる。

 

 家電量販店に行き、冷蔵庫と洗濯機を選ぶ。こちらは配達と設置をお願いした。

 

 ガソリンスタンドで車に給油、灯油も買った。

 

 もう夕方近い。家の駐車場から部屋のある二階に灯油を持ち上げたが、思いの外重かった。

 すっかり疲れてしまい、夕食を作る気力はない。近所のスーパーでお弁当を買ってくることにした。

 

 スーパーまでは徒歩五分である。車での移動は暖房が効いているが、徒歩だと寒さを強く感じる。一戸建て住宅も多く、川崎なら郊外みたいな雰囲気であるが、家と家の間隔が大きい。道路も広くスケール感が狂う。北海道に来たことが改めて実感される。

 

 スーパーでは、保存の効くものを中心に二三日分の食料を買う。生鮮食料品は、あまり川崎と差を感じない。インスタントラーメンは初めて見る銘柄があり、買った。米は重いので今日はやめ、パンと夕食用の弁当を買う。

 

 今夜から暖かく過ごせる。

 

 翌朝は曇りだった。配送の荷物は今日明日の二日に別れてくる。

 朝食のパンを食べていると雪が降り始めた。見る見るうちに景色が白くなっていく。

 昨日のうちに暖房をはじめ、買い物を済ませておいてよかった。外出は控えることにし、一日荷物の整理や滞っている勉強に当てる。明日は水曜日で、ネット経由で輪講である。最後の輪講で切りの良いところまで終わらず、もう一回だけ輪講する予定だ。

 

 昼間で勉強し、昼食は昨日買ったインスタントラーメンをつくる。味噌である。具はない。

 

 昼過ぎに、食器棚とテーブル、椅子が来た。それぞれ組み立て式である。

 

 テーブルはリビングに置く。実は食事用というより、勉強用なのだ。

 杏の勉強スタイルは、机上に論文、教科書などをずらっと並べる方式だ。一つの論文を読んでいても、参照論文をみたり、教科書に当たったりするので、面積が狭いといちいち探さないといけない。ずらっと並んでいれば、すぐに手に取れる。したがって、机上に常に置かれているのは、筆記用具、計算用紙、パソコンのモニター、マウス、キーボードだけである。当然テーブルクロスもひかない。

 リビング中央を占拠してしまうが、別に誰が来るわけでもないので問題ない。幸い寝室は別にある。

 寝室にはベッドを置かない。布団は明日着なので、寝袋でもう一晩がんばらなくてはならない。

 

 SNSでのぞみから連絡が来た。明後日飛行機で千歳着とのことだ。迎えに行くことにしたら、とても喜んでくれているのが文面から伝わる。

 

 夜まで勉強し、夕食は牛丼を食べに車を出す。朝から炭水化物しか食べていないのと、雪道での運転の練習のためだ。

 運転はスピードさえ出さなければ大丈夫そうだ。父から

「赤信号をみたら、どんなに遠くてもブレーキをすぐ踏め」

と、口を酸っぱくするように言われていたので、それにならう。何回かABSの作動を感じた。まだまだ練習が必要だ。

 牛丼は、当然ながら食べ慣れた味だった。

 

 札幌四日目。晴れた。天気の周期がはやくなれば、春なのだろう。

 昼前に冷蔵庫と洗濯機が来た。さっそく溜まってきていた洗濯物をぶちこみ、洗濯ができるまでに冷蔵庫の中身を買い出しに行く。

 

 生活基盤が整ったので、池田教授に電話した。来週から研究室に来るよう言われる。

 

 午後は勉強、夜は最後の輪講に臨んだ。いつも通りに質問し、質問されまくりであったが、最後の方は泣きながらになってしまった。輪講で初めて泣いた。

「あんたの学問はこれからや。これで終わりやないで」

 叱るように澤田先生が言ってくれた。

 

 五日目。朝から新千歳空港へのぞみを迎えに行く。父の買ってくれた車は意外にパワーが有り、スピード違反しないように気をつける。

 

 到着ロビーで待っていると、のぞみが来た。手を振る。そしてのぞみの後ろに修二と明も手を振っている。

「聞いてない」

 杏は抗議するが、のぞみは、

「言ってない」

と笑っている。男子を睨むと、

「言ってなかったのー?」

と、こちらも驚いている。

 しかたなく男子も乗せることにするが、荷物は載るのだろうか。


 空港の広い駐車場を、車まで案内する。雪じゃなくてよかった。

 

 車を見せると、修二が驚いている。

「これ、競技車両だよ」

「なにそれ」

「ラリーとかじゃないかな」

 車に興味のない杏は気にしていなかったが、室内にスポンジに覆われた鉄骨が固定されていた。ロールバーというそうだ。どうりで点検・整備は「怪物自動車」とかいう店を指定されのか。

 後日父に電話して車の内容について詰問したら、「安全だから」で押し通された。

 

 札幌の住居は全員バラバラであったので、杏は運転手としてこき使われた。

 不動産屋三軒、マンション三ヶ所である。

 

 明は札幌市でも少し北側。通学は地下鉄を利用するつもりらしい。

 修二とのぞみは大学のそれぞれ近くのマンション。


 明日は買い物につきあってやろう。のぞみの希望で、ショッピングセンターに昼前集合することにする。


 杏はのぞみに、第一夜は杏のところに泊まるよう誘った。生活用具がそろっていないのぞみを気遣ったのだ。のぞみは遠慮することもなく、来てくれた。

 実のところ昼間の杏は、買い物やら勉強やらで結構忙しい。しかし夜、寝る前ともなると一人暮らしの寂しさをすこしだけ感じていたのだ。


 食材が予定より多く必要になってしまったため、スーパーに二人で買い物に行く。いつも一人のところ二人でいるのが楽しくて、スーパーで杏ははしゃいでしまった。鍋にする。

  

 夕食は実質的にのぞみが作ってくれた。長い付き合いだが、こんなに料理が上手だとは思わなかった。

「いつでもお嫁に行けるねー」

 鍋をつつきながら、そういう話題になった。

「相手がいればねー」

「それはおたがいさまだねー」

 ビールを飲みながら、二人とも語尾が長くなっていた。

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