聖女様は旅立つ
卒業式が済んだ。そのあと優花とのぞみの三人で飲みに行った。杏とのぞみは札幌国立大学だが、優花は扶桑女子大に残る。クラスのメンバーも、就職する者、扶桑に残る者、外の院に進学する者、バラバラである。場所も、北は北海道から南は沖縄まで、文字通り全国に散ってしまう。それどころか渡航するものまでいる。この四年間濃密な時間をすごしてきたメンバーが、もう一緒に過ごすことはない。静かな酒になった。
卒業式の翌日、杏は荷物を車に積み込んでいた。父の買ってくれた黄色い中古車である。なぜか車選びは父が一人で行い、色は指定できなかった。北海道には大洗からフェリーで渡る。夕方大洗を出、翌日昼過ぎに苫小牧入港予定だ。渋滞などが怖いので、昼前に出発することにしていた。同じ札幌国立大学に進学するのぞみ、修二、明は飛行機で行くので、一人旅である。ペーパードライバーになっていた杏であったが、納車されてからちょくちょく運転練習していた。はやくも愛着が湧いている。防寒具に数日分の着替え、食器と鍋、やかん、洗面具、寝袋など、最低限の生活用具をのせただけでも車内はけっこう一杯になった。助手席にはカッパ2、小鳥1の合計3つのぬいぐるみをを座らせた。
いよいよ出発の時間が近づいた。車の脇にたち、二十二年間過ごしてきた家を振り返る。
父が大きなスコップとゴム長をもってきて、車の後部座席に突っ込んだ。
「むこうで雪だったら危ないからな」
スタッドレスタイヤを装着しているが、用心に用心を重ねたほうがいいのだろう。
母は手付きの紙袋を渡してきた。
「おにぎりとお茶が入ってるから、お腹が空いたら食べて」
食事など、船中でも、サービスエリアでも、コンビニでもどうにでもなるであろう。でも、母は作りたかったのだ。言われなくても娘にはよくわかる。
泣いてしまいそうで、急いで出発することにした。
「お父さん、お母さん、いままでありがとう」
なんと言ったらいいかわからない。
「気をつけて行ってこいよ」
「なにかあったら、すぐ電話するのよ」
「わかった。行ってきます」
運転席に座ってベルトを締める。両親が車の横に立ってきたので、窓を開ける。
「じゃあ」
言うべき言葉が見つからず、車を発進させた。
自宅から百メートルほど直進し、左折する。ウィンカーを出してバックミラーを見ると、小さく両親が並んでいるのが見えた。
三時頃、大洗に着いた。フェリーの船体めがけて車を走らせる。フェリーに「よろしくね」と声をかける。
フェリーに車を乗せる作業はけっこう時間がかかった。船の外に誘導員の指示通りに車を並ばせ、乗船まで車内で待つ。杏自身の運転で、船に載せるのだ。トレーラーが先に船内に入っていき、やがてトレーラーの前の部分だけ出てくる。これなら引っ張る車と運転手を輸送する必要が無く、効率的だ。その出てくる車はなんだか昆虫の頭みたいだ。
やっと船内に車を載せられた。車と車の間をぶつかるくらいに狭くさせられる。車をおりたとき、気になって車間を確認してしまった。車載デッキは排気ガスのせいで空気が悪い。下船まで車載デッキには入れないそうなので、母のくれたおにぎりなど、船中で必要なものを忘れないように気をつける。
女性専用室に荷物をおいて、デッキに出てみる。景色はもう暗いが、関東の景色はしばらく見られないと思う。船が動き出し、港の灯りが小さくなるまで、杏はデッキにいた。
髪がベタついてきたので、入浴し、早めに寝た。
翌朝目を覚まして、再びデッキに出る。船の右側は太平洋、左側は本州が見える。太平洋を見ながら母の最後のおにぎりを食べる。洋上の日差しは眩しく、三月半ばであるのにちょと暑い。
船は全く揺れない。揺れを抑える技術はすごいと思う。たまにちょっと気分が悪くなりかけることがあるが、そんなときは必ず航跡がまがっている。気が付かないうちに、船が進行方向を変えていたのだ。
船中での時間は、意外に早く進んだ。勉強道具を少しだけ持ち込んでいるのだが、こちらは全く進まない。あっという間に下船準備の時刻になってしまった。荷物を持って、自分の車に乗り込む。自動車の中で待機させられたせいで、入港光景は見ることができなかった。
船の大きな扉を抜け、北海道の陸地に降りる。天気は晴れ、道路も乾いている。運転は大丈夫そうだ。苫小牧は雪もなく、神奈川なら真冬くらいの景色に見える。これでも春なのだろう。
高速道路に乗り、札幌に向かう。こちらも運良く、高速も札幌市内もドライ路面だ。
不動産屋に寄り、鍵をもらう。
アパート前、指定の駐車場に車を停める。荷物を自室に運び込んでいたらもう暗くなってしまった。冷えてきた。疲れを覚えるが、自宅に電話を入れる。
「ついた」
「よかったー」
母の安心した声を聞いて、杏も安心する。
まだ電子レンジもないので、冷えたコンビニ弁当を食べる。寝酒と思って買ったビールは、ぬるくなっていた。各所にSNSで到着を伝える。
風呂に入って体を暖め、寝袋を出して寝ることにする。着替えを畳んでタオルで包み、枕がわりにする。持ってきたぬいぐるみ三つを枕元に並べた。




