聖女様は正月を迎える
杏は大学最後の正月を迎えた。一日二日は、例年通り家族と過ごした。一日は家でのんびり、二日は両親と大師まで初詣に行った。父のたっての願いで振り袖を着せられた。幸い母は着付けができる。
大師は、初詣客の数では国内上位に常にランクインしているだけあり、とてもとても混んでいた。混んではいるのだが、父はそんなことお構いなく、持参のカメラで杏を撮りまくっていた。
「ちょっとお父さん、撮りすぎじゃない? 早く行こうよ」
「いやいやー」
父は聞く気がないようである。
「お母さん助けてよー」
と杏は母の方に振り返ったのだが、母はニコニコしている。挙げ句の果てに、
「あなた、データ私にも送ってね」
とのこと。結局暗くなるまで撮影会となってしまった。
二日の夜、優花から電話が来た。
「みんなさ、四月から北海道じゃん、私と健太だけこっちでさみしいじゃん。集まれるときに集まっとこうよ。だから明日」
「うん、わかった。じゃあ、のぞみには私から連絡する」
「私は男子に声かける」
「男子も会うの?」
「いいじゃーん。だって健太に会いたいもん」
「正月会ってないの?」
「今日も会ったよ。でも毎日会いたーい」
「はいはい、じゃあよろしく」
「聖女様だって、修二くんに会いたいでしょ」
「そ、そ、そんなことないけど」
「ははは、ま、いいよね。何時にする?」
「昼の一時とか? 夜はちょっとやめときたい」
杏は、夜だと父が心配するかと思ったのだ。
「そうだね、聖女様は夜はやめといたほうがいい」
「そうでしょ」
「お酒飲ませたら危ない」
そっちか。
翌日、多摩川近くのシアトル系カフェに集合した。多摩川近くというのは、男子共が女子の移動距離に気を使ってくれたのだ。男子は東京・埼玉・千葉であるが女子はみな神奈川だったからだ。また、駅の近くは混んでいそうだったので、街道沿いの店にした。杏は父の運転で送ってもらい、優花はのぞみの運転で来るまで来るそうだ。男子は健太の車に相乗りで来るらしい。
道が空いていて、杏は集合より十五分も早く着いてしまった。空は雲ひとつ無く、ほぼ無風。テラス席でも充分あたたかそうなので、店内のカウンターで飲み物を買い、テラス席に戻る。
杏はこの店ではいつも、豆乳のラテを選ぶ。甘くないが、なにか落ち着く味だ。体が冷えていないので、淹れたてのラテで汗が出そうだ。背もたれによりかかり空を見上げる。太陽が眩しい。こんなふうに、ゆったりとした気持ちになったのは、随分と久しぶりな気がする。大学はまだ冬休み中であるが、卒業論文をかかえた杏は、明日四日から研究室に行くつもりだ。おそらく卒論の発表会まで、こんなにのんびりすることはないだろう。
ラテを四分の一ほどすすったころ、シルバーのドイツ車が入ってきた。窓が開いて声をかけられる。健太だった。健太が駐車すると、修二、明も降りてきた。
「神崎さん、あけましておめでとうございます」
修二は今日もていねいである。杏は思わず立ち上がって
「あけましておめでとうございます」
などと頭を下げていると、健太と明に笑われてしまった。
男子たちは店内に飲み物を買いに行く。
杏は一人席で待たされ、時間が経つのが長く感じられる。顔を合わせる前と後とで時間の流れが変わるらしい。それにしても遅いと思っていると、スマホにSNSが着信する。優花であるが、のぞみが道を間違えたらしい。
男子たちが戻ってきた。トレーを持っていて、いくつかケーキとかスコーンとか載っている。
「男子は食べるねぇ、お昼まだだった?」
「いや、食べた。これは女子対策」
明があっけらかんと言う。修二が、
「神崎さん、食べる?」
とすすめてくれたが、健太が待ったをかけた。
「聖女様、申し訳ないけど、優花が来るまで待ってもらえる? 先に食べるとあとが怖い」
杏は、笑ってしまった。
「経験者は語るっていうこと?」
「聞かないで」
女子校育ちの杏であるが、このメンバーとは合コンから始まって「実験物理 若手の学校」とか大学院の入試とかで何度も顔を合わせているので、友達としての会話ができる。貴重な男子の友達だ、と杏は考えている。
待ち合わせ時間を五分ほど過ぎた頃、のぞみと優花が到着した。
「ごめんごめん、道間違えちゃって」
のぞみが恐縮している。優花は、
「スマホのナビ見てなんで間違えるかね」
とつっこんでいる。
「それはね、自分でもわかんない」
のぞみは方向音痴なのだ。
「車で五分なんて、誤差だよ誤差」
明がフォローした。
優花とのぞみが飲み物を買いに行くが、杏はもうラテを飲み終わっており、二人と一緒におかわりを買うことにした。のぞみがまだ謝ってくる。
「聖女様待たせてごめんね」
「たいして待ってないよ。男子と喋ってたから退屈じゃなかった」
「なんの話ししてたの?」
「男子がお菓子とか買ってたんだけど、優花が来るまで食べるなって、健太くんに止められてた」
優花が言う。
「あいつ、あとでしめる」
席に戻り、みんなでケーキなどを食べる。お腹を満たすと言うより色々な味を楽しみたいので、ケーキはフォークで、スコーンは手で分けて、みんなで食べる。女子はベリー類ののったケーキが好評、男子は食べごたえを重視なのかスコーンを好んでいた。
品評会が終わると、お互いの現状を聞きあう。
のぞみが、
「私達実験はさー、もう明日から実験だよ。帝大はどう?」
と聞くと、修二は、
「僕も実験だから、明日からだよ。岩田たち理論はしらないけど」
と答える。明は
「一応、俺は明日から行くよ。聖女様は?」
「私も明日。実験って、間に合うの?」
間に合うかとは、卒論の締切に間に合うか、ということである。あとほぼ一月である。
「俺は余裕」
健太が言う。健太は他の五名と異なり化学であるが、やっぱり実験である。
「私はなんとか、かな」
優花はぎりぎりらしい。
「デートできないね!」
のぞみがからかうと、優花はまじめにそうなんだと、落ち込んでしまう。
「ご、ごめん」
のぞみはあやまりつつ、健太をにらむ。目で、なんとかしろ、と伝える。
「優花、今日は大丈夫でしょ。家まで送ってあげるから、ゆっくりしようよ」
「ありがと」
危機は回避されたらしい。
杏は雰囲気を盛り上げようと、
「男子はさ、女子の振り袖とか見たかったんじゃない?」
と言ってみた。修二が変な顔をしている。明はかまわず、
「修二、聖女様の振り袖は見たよな」
「ど、どういうこと? 昨日あってないよね? ストーカー?」
明が答える。
「公式情報だよ。聖母様から、ほら」
と、スマホを見せてきた。覗き込むと、SNSに昨日の大師での振袖姿が送られている。なにをしているんだ、あの人は。
杏が言葉を失っていると、のぞみが教えてくれた。
「聖女様、あんた十一月の合コンで潰れたでしょ」
それはそうだが記憶はない。
「あんときね、修二くんが『親御さんに謝る』ってきかなくて、結局タクシー二台であんたんちへ行ったんだよ。この六人でね」
あちゃー。
「男子だけで送らせるわけにもいかないしさ」
「大変申し訳ございません」
えらいことになっていた。杏は気になって聞いてみた。
「あの、タクシー代は」
優花が答える。
「聖母様から、かなり多めにもらった」
つづいて明が言う。
「修二がさ、きちんと謝るって言うから、全員タクシー降りちゃったんだよ。そしたら家に上がらされた」
あんまりその先を聞きたくないが、のぞみが言う。
「まったく怒られなくて、むしろご両親から謝られちゃってさ、タクシー呼び直して、その間お茶をいただいてたの」
「そのときにね、聖母様男子とSNS交換して、ついでに写真配ってた」
「写真って何?」
「なんか、でっかいやつ。台紙にはさまっててさ、お見合い写真てやつ?」
成人式で撮ったやつだ。母は、いったい何をしてくれるんだ。
「返してよ」
杏は言ってみた。しかし明は、
「やだね、家宝だよ、なあ修二」
修二は下を向いて、杏と目を合わせようとしない。
質問を変える。
「あんたたちさ、うちの母と、どんくらいSNSしてるの?」
「週二くらい?」
明に即答された。
もうお酒は飲まない。
そのあとくだらない話になり、くだらない話ほど楽しく、あっという間に日が陰ってきた。風も冷たく、解散することにする。
優花は健太ともう少しデートするそうで、このあと二人で行動するそうだ。杏はのぞみの運転で明と修二とともに近くの駅まで送ってもらう。
のぞみの車から降りて駅で電車に乗るのであるが、男子二名は上り方面、杏一人が下りでちょとさみしい。ホームに出ると男子二名が見えたので手を振る。二人は手を振り返してくれた。
帰宅して、母に成人式の写真について咎めてみた。
「男子に写真配るってどういうこと。恥ずかしいんだけど」
母は杏の問いを無視して、むしろ問うてくる。
「明くんと修二くん、杏、あんたどっちがいいの?」
答えられるわけが無く、自室に逃げる。
後ろから、母の声が追いかけてきた。
「あんた、しっかりしないと、いつまでもお嫁に行けないよ」
こうして杏の大学最後の正月が終わった。




