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聖女様は再び合コンに出席する

 「若手の学校」も終わり秋の学会シーズンも終わるころ、杏達四年生は進学組の院試、就職組の就活も終りを迎えていた。ほっと一息をついて、と言いたいところだがそうはいかなかった。院試と就活が終われば、卒業研究に本腰を入れなければならない。


 物理の四年生の実力では、正直なところ現代物理の先端的研究はできない。

 指導教官は現役の研究者だから、秋の学会が終わった今は、春の学会へのスタートの時期である。さらに卒論は春だから卒業研究の内容は、春の学会の内容と重なる。したがって四年生たちは、指導教官に言われたとおりに実験することになる。言うならば実験の下請けであるが、こうして四年生たちは現代物理の一端に触れることができる。

 実際に学会で発表するのは教官だったり院生だったりすることが多いが、四年生の実験の遅れが、教官や院生に迷惑をかける。学生実験と異なり、一日でぱっと終わるなんてことは絶対になく、まず何日もかけて試料を作り、場合によっては実験機材も作り、何種類もの測定をする。そして測定結果をみて、再度試料をつくったり実験をし直したりすることもあるし、そもそも試料作成や実験そのものを失敗することだってある。よくある。このように、一つの学会発表のために何ヶ月もかけて準備をするのだ。四年生たちも研究者の卵として、より良い実験のために、本当は実験の遅れをとりもどすために、夜遅くまで研究室でがんばることになる。(実験の種類によっては、計画段階から徹夜を前提としている場合も多々ある)


 なお、プロの研究者たる教官たちは、ある程度は夜遅くまでがんばることもあるが、まず徹夜なんてしない。むしろ規則正しい生活を遅れるよう、実験を計画する。

 なんといっても年齢が上がれば無理はきかなくなるし、プロだからそんな生活を何年も続けていれば、本当に寿命を縮めてしまう。(実話)

 あと、奥さんも許してくれないかもしれない。


 四年生とか院生とかは、若いし、文句を言う配偶者もいないので、研究の時間的クッションとして長時間・長期間の実験に身を捧ぐのだ。


 十一月のある日、杏は優花とのぞみの三人で学食で昼食を摂っていた。


 理論研の杏は、まあ卒論の目処がたったとは言えないが、ロードマップは見えつつあった。宮﨑研でゼミをして、沢田教授と輪講をして、研究室で勉強して、ときどき議論して、とやっていれば自然と行き着くところに行き着くようになている。宮﨑准教授の指導の賜である。

 優花は伊達教授の指導のもと、絶対零度付近でつかう新しい超伝導磁石の作成をしているらしい。すでに伊達研にある超伝導磁石で各種測定もしているので、徹夜の実験もたまにある。また、柏に行くととんでもなく強力な電磁石があり、その設置には伊達教授も参加していたので、優花は伊達教授のおともというか鞄持ちと言うか、便利なマジックハンドというか、そんな立場で柏に行くこともある。

 のぞみは林准教授の指導で、高温超伝導体の試料作成である。林研で作られた試料は、林研だけで使われるのではない。日本中にいろいろな測定のスペシャリストがいるので、試料は各地を行ったり来たりする。試料がなければ測定ができないので、早いうちにいいものをつくらないと、色々な方面に影響が出てしまう。


 そんな三人であるので、今日は今ひとつ会話が弾んでいなかった。食事を楽しむ余裕はなく、研究のためのエネルギーを摂取しているのである。そこに附属中高からの顔見知りの後輩が通りかかった。

「先輩たち、最近、ファッションが聖女様よりになってません?」

 杏は、この人、何言ってんだ、としか思わなかった。しかしその言葉から五秒ほどたったとき、いきなり優花が立ち上がった。

「のぞみ、あんたも立ちなさいよ」

「なによ」

と言いながらも、のぞみは立ち上がった。

「私達の服、ひどくない?」


 杏は、自分も含め、三人の服装をみてみた。

 杏は、上から、チェックのワイシャツ、Gパン、黒のスニーカーである。

 優花は、グレーのトレーナー、Gパン、ピンクのスニーカーである。スニーカーはピンクだけに、ちょっと汚れが見える。トレーナーも重ね着ではなく、ただのトレーナーである。

 のぞみは、エンジのパーカー、オリーブのカーゴパンツ、汚い黒の革靴である。

 杏としては、自分はともかく、あとの二人はちょっと地味だな、と思った。


 優花はテーブルに手をついて言った。

「私達、二十二だよ。女子大生がこんなかっこうでいいの」

 のぞみは言う。

「いや、私はほら、カーゴパンツだし」

「のぞみさ、カーゴパンツ、ポケットが多くて実験のとき便利と思ってない? 作業ズボンよりはましだとか」

「!」

「その靴だって、安全靴だよね。つまりあんたは作業服で飯食ってる、っていうことだよ」

「ちょっとひどくない?」

「事実だよ。わたしもひどい、だってスウェットの下、下着だけだよ。こんなの健太にみせられない」


 杏は、べつに見せなきゃいいだけじゃんと思ったが、長い付き合いでここでそれを言うのは危険だということだけはわかった。


 のぞみが言う。

「うん、だめだ、男だ、合コンだ! 優花、健太たのむ!」

「そうね、健太に頼んで明くん、修二くんにも来てもらおう」

 修二の名前を聞いて、嬉しくなる杏であるが、何もいい提言が思いつかず黙っていると、優花が言う。

「聖女様、こんどは派手に行こう。国立女子大の二人も呼ぼう。聖女様、連絡先知ってるよね」

「う、うん」

 杏は優花とのぞみの鼻息に押され、国立女子大の佐倉、伊東の二人にSNSで連絡する。二分とかからず二人共返信してきた。「行きます」とだけ。


 こうして急遽、合コンを行うことになった。日程は、お互いけっこう忙しく、月末になってしまった。帝大から男子五名、扶桑女子大から三名、国立女子大からも二名。前回より規模が67パーセントも拡大していると、つい計算してしまう杏である。


 国立女子大の参加もあるので、合コンは都心部で行われた。修二も来るから杏なりにおしゃれもした。合コンの結果であるが、杏にとっての合コンは、またも「始まるまでが合コン」であった。

 記憶がないのである。

 後日、論文のコピーを枕に酔い潰れる写真をのぞみから見せられた。

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