聖女様は北の大地に別れを告げる
ホテルで杏は復習を始めた。札幌駅で駅弁など食料を多めに調達したので、思う存分勉強できる。三時間ほどして、集中が切れた。この数日を振り返り、少しお土産が欲しくなってきた。扶桑の仲間にはもともと買っていく気だったが、自分用にもなにか記念になるものが欲しい。大学下見の日に入ったカフェに隣接して、売店があったことを思い出した。
明日は北海道最終日である。飛行機は夕方なので、午後三時くらいまでなら観光できそうだ。男子たちと行動する予定ではあるが、飛行機は別なので、最後まで同一行動する必要もないだろう。なるようになるかな、と思いながら、杏はベッドに入った。
最終日の朝、ホテルの朝食はしっかり食べた。昨日は飲まなかったし、気持ちよく勉強できた。絶好調である。今日の観光を身軽に行うため、大きな荷物は宅配便で送ってしまおう。
玄関をでれば、またあの男子二名である。
なんとなく歩きながら、杏は男子に昨日の夜について訪ねた。
「すすきの、どうだった」
明が答える。
「どうもこうも、ふつうに観光だよ」
修二も答える。
「少しお酒をのんで、しめにラーメンかな」
「!」
杏は重大なミスをしていたことに気づいた。ラーメンを食べていない!
「ラーメン行く! ラーメン!」
「まだ早いでしょう」
修二がそう止めるので、とりあえず大通公園へ向かった。
大通公園は、やっぱりそれなりに広い。ところどころでとうもろこしを焼いたものを売っている。北海道ではトウキビという。
「トウキビ食べる」
杏は三本買って、男子にも渡す。
「おお、ありがとう」
男子は口々に礼をいいながら財布を出そうとする。杏は、
「今回はいろいろお世話になっているから、お礼。安いけどね」
素直に二人は受け取ってくれた。
「ソフト食べる!」
「時計台!」
「そろそろラーメン行こう!」
杏は楽しかった。杏だけでなく、明も修二も楽しかった。昨晩の美味しかったラーメン店に連れて行ってくれる。
どんどん時間が過ぎていくのがわかる。時計を見たくない。
午後一時をまわった。千歳へ移動する時刻が近づくのを意識しながらも、杏は切り出した。
「私、もう一度大学行ってくる」
「あんまり時間ないよ」
「さんざん、いたじゃん」
明、修二は呆れたように言うが、修二なにか思い出したようだ。
「わかった、行こう」
「ええ?」
明はまだ抗う。
「いや、行こう、行こう」
修二はそう言ってくれるが、杏は遠慮した。
「あんたら私に付き合ってばっかりでしょう」
「俺は付き合いたいんだよ」
杏は修二の顔をしっかりと見てしまった。修二の顔が赤い。
「わかった、聖女様、行こう」
明は納得してくれた。なぜかやる気に満ちた明の提案で、地下鉄へ向かう。
地下鉄での移動時間は短くて済む。地上に出て、もう見慣れた道を大学正門へ向かう。
正門からすぐの建物に、目的地売店があった。同行の男子二名は、土産目的に大学構内まで来たことを理解しているようで、素直についてきてくれた。
大学名の入った文具、タオル、Tシャツなど、いろいろあって目移りする。扶桑女子大の面々にはお菓子を買っていくつもりだが、嵩張るので千歳で入手しよう。
Tシャツは買うつもりだ。農学校をルーツとするだけに緑にしよう。両親と自分の分、サイズ違いで三枚を手に取る。スポーツタオルも買おう。
大体こんなものかとレジに向かおうとするが、小鳥のグッズに目を奪われた。
キーホルダーは無条件に買うことにする。
問題はぬいぐるみだ。
大と小、持ち帰りのことを考えれば小だが、紐がついているのが気になる。杏はぬいぐるみに紐がついているのは好きではなかった。
目の合ってしまった大のぬいぐるみを手に取ってみる。真っ白でかわいい。手触りも癒される。連れて帰るならこの子だなと思うが、体積が気になる。
ぬいぐるみを手に取ったりもどしたり、何回繰り返したろう。連れて帰りたいのはやまやまであるが、やはり荷物になるのが気になり、大学院に入学したらと心に決めて、その他のものの精算にレジに向かった。
後ろ髪をひかれるようで、レジの後、振り返らずに売店を出た。男子の精算を待つ。
修二も明も買い物をしたようで、それぞれ袋を下げている。コイツラも楽しんでいると思うとニヤッとしてしまった。すると修二がその袋を押し付けてきた。
「神崎さん、これ」
中を見れば先ほどのぬいぐるみである。うれしいが、気恥ずかしい。ぬいぐるみで迷う姿をしっかり見られていたということだ。恥ずかしさをごまかすように、財布を出すが、明にとめられた。
「もらってやってよ」
こいつ、いいやつか?
三人で千歳に向かった。いよいよ北海道の休日も終わりで、三人の口数は減った。杏はぬいぐるみを抱きしめていることに気がつき、ちょっと恥ずかしくなった。修二と目が合った。修二はにこやかである。
飛行機は男子二名が杏より三十分ほど前の便である。男子はその三十分だけ先に搭乗ゲートに向かうが、杏は手を振りながら少し寂しかった。ぬいぐるみがあたたかい。
帰りの便に搭乗した。運良く窓際であった。空港の景色は人工的すぎて北海道らしさは少ない。しかしもう杏はすっかり愛着が湧いていた。
エンジン音が大きくなり、景色の流れる速さがどんどん大きくなっていく。
「また来るからね」
空に浮かんでしまえば、気持ちも北海道から切り離されたようである。かえってさっぱりした。
ここ数日のことごとを思い返す。昨日今日は男子と遊んだが、杏の今までの人生で初めてのことであり良い思い出になったと思う。私にも普通の青春ができた。
気がついた。
さっき修二が自分を聖女様と呼ばず、神崎さんと呼んだことを。
「杏、って呼んでくれてもいいのにな」
小さな声ではあったが、口に出してしまった。




