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聖女様は連休を満喫できない

 連休中の木曜日。輪講の復習をする。予習で理解できていなかった部分を昨日のノートから確認していく。宮崎准教授がいなくても、すらすらと式を追っていける。今日の学習のウォーミングアップに最適である。


 時計を見上げるともう昼近い。まだバナナオーレに手をつけていないので、喉の乾きを覚えた。昼食前に甘いものをとるのも気がひけるが、冷蔵庫にはバナナオーレしか入っていない。少し早いが昼食に出よう。


 そう思ったところで、研究室のドアがノックされた。

「はーい」

とドアを開けると、のぞみ、優花、健太、それに知らない男子が2名いる。

「だれ」

と、思わず聞いてしまったが、

「失礼ね、聖女様この二人とは初対面じゃないよ。」

と、優花に非難されてしまった。学外での男子との接触はほぼない杏である。必死に記憶の糸を探るが、健太繋がりならばあの合コンのときの二人だが、こんなにイケメンであっただろうか。

「まさか」

「その、ま・さ・か」

 健太が紹介を始めた。

「こいつは唐沢修二、帝大で低温の実験をやってるよ。で、こいつは岩田明、やはり帝大で宇宙論」


 二人共ジーンズにTシャツ。それでもイケメンに見えるのは、こざっぱりとした髪型で、ひげもきちんと当たってあるからだろう。ただし、Tシャツはもう少し真面目に選んでほしい。唐沢修二は黒地になんとかテックとか白とか黄色とかで書いてあるし、岩田明にいたってはマクスウェル方程式である。なお、杏は無地のTシャツにたまたま目についたスカートをはいただけという人に文句を言えるような格好をしているわけではないので、ほぼ初対面の二人にファッションの指摘はやめておいた。


 なお、足元は男性陣がアメリカ超有名ブランド勝利の女神のスニーカーであるが、杏は素足にサンダル。ワニマークのゴムのやわらかーいやつである。イタリア製だけどね。


「健太何やってるんだっけ」

 本当はどうでも良かったが、なんか聞くのが礼儀な気がした。

「ほんと聖女様は物理以外興味ないな、俺は高分子」

 そういえば優花に聞いていた。申し訳ない。


「それで、何。だいたい連休中の構内に、よく入ってこれたわね」


 休日の扶桑女子大は、すべての門が閉じられ、学生証をみせるか学内の教員の紹介を示さないと入構できない。

「だいじょうぶ、伊達先生に電話して許可もらった」

 そういえば、男子3人共、入構許可証を首からぶらさげている。のぞみは伊達研究室である。


「聖女様さ、『実験物理 若手の学校』の実行委員でしょ。明くんと修二くんも参加予定なんだって」

「仕事はちゃんとやってるわよ」


 「実験物理 若手の学校」は、日本中の実験物理を志す院生や4年生のうちの希望者が、毎年秋どこかに集まって行う勉強会である。別名苦手の学校。杏はせめて勉強会だけでもと、参加メンバーに名乗りをあげ、その勢いもあってか実行委員をおしつけられたのである。しかし宇宙論の岩田明も参加とはどういうことか。解せぬ。


 連休前、特に準備に問題はなかったはず。


「聖女様ニュース見てないでしょ。ほら」

 のぞみがスマホを示すと、宿泊予定だったホテルが昨晩全焼している。聖女効果は関係ないとも口にできず黙っていると、

「輪講で仕方ないとは思うよ。でも、修二くんから健太経由で連絡が来たのよ。で、今日相談に来たわけ」

 優花が説明した。修二が言う。

「いまさらあの時期に、実習会場の大学の近くに、条件の揃ったホテルは取れないよ。」

「分散して宿泊すれば」

「それもわからなくもないんだけど、いっそのことさ、実習は諦めて、その分空いた時間で神崎さんとか明とかで理論の話をすればいいと思うんだよ。だからどこでもいいからホテルを押さえようと思うんだ」

「実験やってると、どうしても理論の学習が手薄になるから、そういうのは助かると思う」

 実験の研究室所属であるのぞみは、実感のこもった顔でそういう。つづけて修二が言う。

「実は僕、上高地のホテルで働いている親戚がいるんだけど、そのホテルで今度の秋に外国人団体のキャンセルが出てるってこないだ聞いたんだ。だからさ、素早く押さえれば宿舎の問題だけは解決できると思う」

「わかったわ。ことは急を要する。まずは実行委員全員と連絡。ホテル全焼だけ伝えて。上高地はまだいい。SNSね。岩田さん、おねがい」

 杏はテーブルの上を明に向けてスマホを滑らす。

「苦手の学校のグループが作ってあるわ。あ、PINは……」

 杏がPINを大声で言うのを聞いて全員驚いているが、緊急事態なのだ。明はとにかく杏のスマホをいじり始めた。

「世話役はだれだっけ、ああ帝大の金谷先生か、唐沢さんおねがいできるかな」

「OK」

「健太くん、そのへんのパソコン使って、上高地のホテルみてもらえる? 確認ポイントは予約状況と、セミナーが開ける会場」

「まかせといて」


「現在の方針は、関係者にホテル全焼だけ連絡! 並行して上高地の状況確認! 上高地がとれるようなら、金谷先生から説得!」

 とりあえず状況をまとめてみたが、気がつけば杏は腕を組み、仁王立ちして指示を飛ばしていた。ホワイトボードに状況を書きたいが、宮崎研究室の連絡事項が色々書いてあり、消せそうにない。

「優花、どっかからホワイトボード探してきてくれないかな」

「承知」

「こんなときは権威付けが必要ね。のぞみ、伊達先生に連絡してもらえる?」

「もうすぐいらっしゃると思う。」

 さすがは強磁場界の長老である。


 一通りの指示を出して一息ついたら、杏の腹が派手になった。

「長期戦になるかもしれないわね。まずは腹ごしらえかな」

 人数分の昼食代と飲み物代を概算し、財布の中をのぞく。お菓子は勉強用に大量にストックが有る。揚げ餅ばっかりだが。勉強は甘いバナナオーレとしょっぱい揚げ餅の無限ループで乗り越える杏である。


「やあやあ、やってるね」

 伊達教授が両手にたくさんの弁当とペットボトルをさげてやってきた。いつもの笑顔である。

「伊達先生、ありがとうございます」

「若い人の好みとあわんかもしれんけどね」

 伊達教授は人数分の弁当とペットボトルを置いた。

「先生、お弁当代は後で精算しますので」

 恐縮して杏がそう言うと、伊達教授は手を振った。

「いやいや、経費で落とすよ。私学はこういうのは簡単でいいね」

 国立では嗜好品代は自分持ちだそうだ。


「お茶は多めに買っといたから、冷やしとくね」

 伊達教授は冷蔵庫の扉を開け、隙間なく詰められたバナナオーレを見てかたまった。

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